「いい質問ですね。」『伝える2』(池上彰著・PHPビジネス新書)

【ポイント】
1 人はわからないと不安になる。自分がわからないことは他人もわからない。
東日本大震災のような大震災のような非常事態が起きたとき、人は何に不安を感じるのでしょうか。「わからない」ことにも大きな不安につながります。「何が起きているのかわからない。政治家や専門家が話している意味がわからない。どうすればよいか、わからない。」こうした状況では誰もが不安になります。池上さんは東日本大震災直後の緊急特番で、そもそも原子力発電の仕組みとはどういうものか、放射線放射性物質の違いなど、基礎の基礎から取り上げて解説したそうです。すると、視聴者から、「安心しました」「ホッとしました」という反響が数多く寄せられたそうです。番組では「心配することはありません」とも「安全です。皆さん、安心してください。」とも言っていないのに、そうした反響がたくさんあったのです。つまりはどういうことかがわかったので、安心した、ホッとしたということなのです。人はまず「何が危険なのか」を知りたいのです。そのうえで対処方法を考えるからです。当たり前のようなのですが、伝える側の人はわかるように伝えることが一番大切なのです。
原発事故に限らず、どういう状況かわからない、何を言われているのかわからない、といった状態は人を不安にさせます。たとえ置かれた立場が非常によくない状況であっても、わかることで、初めて対処のしようも考えられます。「何が危険なのか」をまず知ることです。そのためには、わかろうと努めること、伝える側の人はわかるように伝えようと努めること。⇒理科系の話しを文科系に翻訳すること。"和文和訳" をする (pp.20-23)。わかっている人にはわかるけれど,知らない人には同じに見えてしまうようなことはいろんな分野で起こり得る.池上さんは専門用語をわかりやすい日本語に置き換えて説明する和文和訳を心掛けている。
●印象的な言葉は何度も繰り返すようにしよう。そうすることによって、相手に印象をしっかり残すことができる。
●相手が答えたことが違っていても真っ向から否定はしないようにしよう。間違えたことを言っても、その回答の中で、できるだけよいところを拾い出すよう心がけよう。例えば、学校の先生が授業で生徒に質問する場面があったとします。小学生の子どもに「鎌倉幕府を開いた人は誰ですか」と質問して「徳川家康です」という答えが返ってきたとします。「いや、違うぞ。しっかり勉強しなさい」と言うこともできますが、以下のような答え方のほうが生徒のやる気を引き出します。「徳川家康ではないんだ。徳川家康江戸幕府を開いた人。同じ「幕府」でも時代はずっとあと。「幕府」と聞いて、江戸幕府のことと勘違いしたかな」このように言えば、子どもは自分の答えを尊重してくれ、なおかつどうして違うのか説明してくれたあとで、勉強への意欲を持ち続けられるのではないでしょうか。子どもに限らず、部下が相手でも、お客さまが相手でもそうですよね。まずは相手の意見を受け入れる、それから付け加えるのです。「イエスアンド法」です。明らかに相手が間違っているとしても、「ノ―バット法」は使わないほうがいいでしょう。
●言葉を使うときは、その言葉が一般的に使われている言葉か、それとも業界用語か。ビジネスパーソンはそうしたことをふだんから意識して言葉を使うべきである。誰もが理解できるようにわかりやすく伝える工夫をしましょう。そのためには、自分たちの業界だけで通用する業界用語や隠語は、少なくとも顧客や利用者など、外部の人に使うのは控えるべきでしょう。
2「話しの地図」を渡す。話しの全体像を最初に伝えること
 わかりやすい説明をするには、相手にまず「話の地図」を渡す(あるいは、示す)ことが大切だと私は思っています。「話の地図」とは話の全体像で、最初に伝えるべき内容でもあります。たとえば、あなたが友人と遊園地に行ったとしましょう。サァ、今日はどのアトラクションで遊ぼうか、どのショーを見ようか……。期待に胸を膨らませて、あなたはあれこれ考えを巡らすでしょう。でもそのとき、その遊園地の地図もパンフレットも持っていなかったら、どこに行ったらよいのか、困ってしまうのではないでしょうか。歩いているうちに、どこかおもしろそうなところに出くわすだろう。そう考えて、ブラリと歩き出してみるのも楽しそうですが、不安に思う人もいるでしょう。「地図があると便利なのにな、効率がいいのにな」と。
 そう考えてみると、地図はやはり便利なもの。ないよりはあったほうが、何かと助かります。相手に何かを話す場合にも、「地図」はあったほうが相手は安心するし、相手はこちらの話を理解しやすいものです。
 東日本大震災を取り上げた『学べるニュース』でも、視聴者に「地図」を渡すことを心がけました。たとえば、東京電力官房長官原子力安全・保安院の関係について ――。震災が起きた直後は東京電力官房長官、そして原子力安全・保安院の記者会見が頻繁に開かれていましたね。テレビでは、この三者の会見を中継で次々につないでいくこともありました。すると、この三者の言っていることが必ずしも一致しない。同じ事柄に対して、異なった見解を示すこともある。これでは、視聴者は混乱してしまいます。それにそもそも、この三者はどういう関係なんだろう? という素朴な疑問を持った人も多かったでしょう。
 そこで『学べるニュース』ではまず、東京電力官房長官原子力安全・保安院の立場や役割、関係を整理して紹介することにしました。だいたい次のようなことでした。
東京電力は民間の企業で、原子力発電所を運転している立場から原発事故について説明していること
官房長官の正式名称は内閣官房長官で、官房長官は内閣のスポークスマン、つまり政府としての見解を表明し、政府として国民に呼びかけていること
原子力安全・保安院経済産業省の組織の一つで、政府の役所として、また、エネルギー事業の監督官庁として、原発事故の現状や対策について国民に説明していること
 こうしたことをまず説明しました。これが私の言う「話の地図を相手に渡す(示す)」ことなのです。東京電力官房長官原子力安全・保安院の立場や役割、関係がすっきりすると、視聴者は毎日のようにテレビ画面に出てくるこれらの人たちの言っていることがより深く理解できるようになるだろう。そう思って、『学べるニュース』では、これら三者の解説を震災後の早い時期に行なったのです。視聴者にまず「地図を渡す(示す)」と、今、起きていることが理解しやすくなるだろうと考えたからでした。
 職場で業務改善を提案する際にも有効に活用できる。まず、現状と問題点を話し、提案する改善法によって、その中のどのぶんがよくなるかを示すと、受けては全体像や問題点、改善点をスムーズに把握しやすいものです。全体像、個別の事柄、問題点、改善点などのつながりをわかりやすくするためにも、相手に「話の地図」を渡すことが打大事。図解を活用できる。
3 相手と良好な関係を築くための3つのポイントとタイミング
●相手と話すスピードを合わせる
心地よい会話のリズムが生まれ、スムーズな対話ができることが多くなります。
●視線を同じ高さにする
目の高さが同じになると、人は話しやすくなるし、じっと聞いてみようという気持ちにもなる。
●相手とL字型に向き合おう。
スティンザーの法則にもあるが、対立しそうな相手とは正面に座らないほうがいい。仮に会議で自分の案を可決させたいなら、正面には自分の味方になってくれる人に座ってもらおう。逆に対立しそうな相手の横に並ぶのがいいでしょう。
●会社名や地名の由来はつかみとしても使えるし、商談の合間の雑談や酒席の話題にも適しています。
●信頼関係を築きたければ、相手が暇を持てあましているようなときに顔を出そう。池上さんはNHK新人アナウンサーの頃、事件が起きていない夜の10時や11時ごろに警察署に顔を出したそうです。これを繰り返していると、そのうち相手も距離を縮めてきてくれたそうです。ある小売店向けに商品を売り込んでいるセールスマンは、雨の日を狙って、訪問を繰り返したそうです。雨の日はお客さんの数が減るので、小売店としては暇になってしまいます。そんなとき、傘をさしてセールスマンがやってくると、店主は暇ですし、「雨の日のもやってくるのか」とセールスマンの熱心さに打たれます、こうなればほぼ100%の確率で商品売り込みに成功したそうです。
4 伝えたいことを「因数分解」する。
ここでいう因数分解とは共通項をうまくまとめて,わかりやすい表現に直すこと。特に今書いているような読書記録を書くときに意識するようにしているが,造詣の深い人は,過去に読んだ本や自分の経験などをうまく絡めて「その人にしかできない因数分解」で解説したりしている。
5 わかりやすく伝えるとは、とても難しいことです。
 でも、自分が謙虚になり、伝えようとしている相手は何を知らないのか、それを知れば、伝え方の工夫も生まれます。「こんなこと、知らないヤツが悪い」と思っていたら、いつまで経ってもわかりやすい伝え方は身につきません。謙虚であること。これが「伝える力」を身につける第一歩です。(p.218 おわりに)