tppについてどう考えますか。

アメリカからみたアメリカ人の見方。
 世界経済において地殻変動が起ころうとしている。その一つがTPP(環太平洋経済連携協定)であり、日本とEUFTA自由貿易協定)を結ぶという動きや、アメリカとEUFTAがすすめられつつあるといった話もある。これらは先進国の三大経済プレーヤーである日米欧がさらに緊密につながるチャンスであって利用しない手はない。日米欧は経済の停滞、失業率の急増といった共通の問題を抱えている。政府は借金漬けで、特にゼロ金利時代を迎えている日本とアメリカでは、金融政策の道筋が見えない。成長を促して構造改革を成し遂げるには、国債発行以外の手を考えなければならない。日米が抱える共通の課題は、経済的な競争相手の中国との関係だ。ヨーロッパだけでなくアジア各国とも協力しなければ、中国のチャレンジに応えることはできない。そうした意識が高まりつつある。TPPはそのための一つの道となる。一定のスタンダードと共通の価値観をつくり、能力を最大限に発揮して競争力を持ち続ける。ここにTPPの志がある。TPPで提起される問題はそれぞれが十分対処しなければならない。どのような交渉でもギブ・アンド・テイクがある。問題の一つが自動車で、昨年、日本はアメリカに約140万台の乗用車と軽トラックを輸出した。アメリカは日本に約1万6,000台しか輸出していない。日本側は「アメリカ人は努力していない」「ディーラーに投資もしないし、日本に合ったモデルも開発しない」という。アメリカ側は「非関税障壁で日本の市場から締め出されている」と主張する。私はここで一方が正しくて他方が間違っていると言うつもりはない。しかし、140万対1万6,000という数字の開きは、アメリカ側からすればアンフェアに見える。日本にとって農産品もまた大きな問題であろう。交渉の原理からすれば、すべてがテーブルの上に出されるし、当然、例外もある。米韓FTAではコメを関税撤廃の例外とした。米豪FTAではサトウキビが外された。TPPでも農産品の取り扱いで、最終的には何らかの合意ができるだろう。国民皆保険制度については、アメリカが日本の制度そのものを変えてやろうという野望を持っているわけではない。だが、アメリカは日本の決断をいつまでも待つ姿勢はとらない。オバマ大統領は今年12月までと言っている。一部の日本人は、TPPにあと乗りもできると言うが、あとになればなるほど列車に乗るのが難しくなる。有利な交渉も引き出せなくなる。最善の自国の利益のため、日本が自らどうするかを決断しなければならない。オバマ大統領も共和党候補のロムニー知事も、日本のTPP参加を支持している。両者の意見に大きな相違は見られない。選挙戦の争点になっていないことからも、アメリカにとってTPPは国民的な課題ではないが、今度の議会選挙を注意深く見ていただきたい。上院で共和党が多数を占め、共和党の大統領が勝利することになれば、大統領と議会との間でTPPに関するイシューの協力が見られるだろう。

●日本人からの見方いろいろ
・TPPは「環太平洋経済連携協定」と訳されているが、仮に日本がこれに参加すれば、日米豪の3ヵ国で全参加国のGDPの95%を占めることになる。つまり、日米豪のFTA自由貿易協定)、あるいは3ヵ国の経済連携といえる。また、政治的な側面がかなり強調されているので、もう少し経済的な視野に立って冷静に分析し判断すべきだろう。参加することで日本経済にどれほどのメリットがあるのか。これが最大のポイントだ。
・TPPよりも東アジア経済圏を重視したほうが経済的なメリットが大きいといった試算が出ている。それを撥ね退けてまで、なぜTPPなのか。エモーショナルな議論ではなくて、中長期的な視野から論点をきっちり整理すべきだ。農業に関しては、TPPに参加してもメリットはほとんどない。参加をきっかけに構造改革をすすめようということだが、自由化して改革が進むというのは100%あり得ない。加入して生じるのは、食料自給率の大幅な低下であろう。2010年の自給率はカロリーベースで39%、穀物で27%。これが下がるのは目に見えている。穀物を他国に依存するのは極めてリスクが高い。2008年のリーマンショック以前に穀物価格が暴騰したが、その際に輸出規制が行われたのは記憶に新しい。アメリカでもどこでも自国の国民を飢えさせておいて、他国に食料を輸出するというのはあり得ない。長期的に見て“開国”は必要だが、短期となると農業分野は対応できない。GATTウルグアイラウンドで総額6兆円をつぎ込んで農業支援策を講じたが、活性化にはつながらなかった。その二の舞になるのではないか。お金をつぎ込んだものの何も変わらなかったという構図がいちばん怖い。そうなったら日本国民の農業、農村に対する支持、共感が一気に失われてしまう。TPPに加入する、しないにかかわらず、日本の農業は構造改革を行うべきだが、プランを出しきれていない。これが問題なのは誰の目にも明らかだ。日本を含む東アジアの農場規模はせいぜい1、2ヘクタール。ヨーロッパは10から30ヘクタール、アメリカはおおよそ180ヘクタール、オーストラリアは3,000ヘクタールである。この桁違いの構造をどう解消するのか。政府は昨年、5年で平均20から30ヘクタールに持っていくとしたが、今のままではおそらく不可能だろう。TPPへの加入よりも、むしろ農業の構造改革をどうすすめるかについて真剣に考えるべきだ。
・TPPに対する日本医師会の見解として、公的医療保険制度を交渉対象から除外し、混合診療の全面解禁を認めず、医療に株式会社を参入させないといった要請がある。だが、日本医師会は組織率が低く、その意見は勤務医あるいは病院全体のものではない。また、アメリカは公的医療保険の運用の見直しを10年来言い続けており、今回に限ったことではない。アメリカのように低所得者が医療を受けられなくなるといった意見もあるが、アメリカではメディケア(公的保険制度)、メディケイド(公的医療保障制度)が定着している。そのあたりを冷静に認識して議論すべきであろう。医療への株式会社の参入については、医薬品・医療機器の輸入超過が2兆円超という現状がある。にもかかわらず、国内の医療産業から反対の声は聞こえてこない。「お互いに競争すると値段が高くなる。株式会社が揃って利益を追求すれば、医療費が高騰する」と言うが、資本主義において競争によって値段が下がるというのが原理である。
今日の医療機関の経営体質を是正するには、税と社会保障の一体改革では無理だろう。高度医療のほとんどが公的病院、半官半民の病院で行われているからだ。その代表が国立病院機構であり、日本赤十字社、日赤病院である。済生会病院も恩賜財団とは言うものの、その多くに公的資金が入っている。各都道府県には県立病院、市立病院があるが、ここには税が投入されている。他方、最近評判の千葉県鴨川市にある亀田総合病院などは私立の病院だが、多少の補助はあっても交付金のような多額の公的資金は受けていない。国立がんセンター中央病院とがん研有明病院を比較した場合、国立がんセンターは、おおよそ250億の出し入れのうち、毎年11億の補助金を受け取って病院の運営を行っている。がん研は300億の出し入れだが、一銭も交付金は受け取っていない。それでもがん研のほうがはるかに多くの症例数を取り扱っているし、研究成果が出ている。こうした現実を見れば、いかに公的病院が非効率かがわかる。日本の医療の体質を変えるには、外圧を入れたほうがよいのではないかと思うくらいだ。
アメリカの世論は自由貿易に対してよい印象を持っていない。同じく日本でもTPP参加に向けた協議を開始すると言ったら、民主党の若手議員を中心に反対の声が上がった。これは1990年から現在までの約20年間、日本もアメリカもほとんど経済成長していないからではないか。つまり、40代あたりの若い世代は、大人になって不況しか経験しておらず、「今は縮こまっているしかない」と考える傾向が強い。「不況だからこそ自由貿易で頑張ろう」と思うわけにはいかないものか。どんどん海外に打って出て自国の経済を立て直すんだという志のあるエリートを育てていかなければならない。アメリカは日本とのTPPに概ね賛成だが、各論で反対だろう。自動車が輸入超過になりすぎているという話だが、輸出超過になったり、輸入超過になったりするのはやむを得ない。日本では医薬品が輸入超過である。日本国内における公的医療保険制度に関する議論はかなり極端だ。よくよく考えてみれば、オバマは自国の医療保険改革を積極的に進めようとしているわけであって、日本の保険制度まで変えようとはしていない。農業の問題については、日本がTPPに参加しても何もよいことはないというのは、そのとおりだろう。しかし、TPPへの参加如何に関わらず、農家への補償は必要ではないか。それによって農業を維持することができる。輸入促進にならないようなかたちで農家への戸別所得補償を行えば、おそらくTPPへの参加も認められるだろう。食料自給率の低下の要因の一つとして休耕田がある。田んぼや畑を余らせていながら、自給率が下がって大変だと言うのはおかしい。まず田畑を余すことなく使うにはどうすればよいかを考えるべきだ。農業を大規模化し、少しでも安く農産物を作るようにして輸出するしかない。