2018-01-01から1ヶ月間の記事一覧

3年ぶりの皆既月食。今日で一月も終わる。

◆今日は3年ぶりの皆既月食。なんとなく暗い月ですね。◆勉強はまだまだ不十分である。特に週末は遅れが目立つ。今日で一月が終わるが、もう少し、ペースを上げていこう。江戸検まであと9か月あまり。さあ、これからはいままで以上に本気モードで勉強に取り組…

第11代将軍徳川家斉亡くなる。

<今日の江戸学トピック> ◆天保12年(1841)閏1月30日、第11代将軍徳川家斉が亡くなった。69歳。御三卿の一橋治済(はるさだ)の長男。10代将軍家治の死去に伴い、15歳で将軍職に就きました。将軍在職51年。松平定信を老中首座とし寛政の改革を断行。隠退後…

『陽性で運の強いこともリーダーに欠かせない資源である。運も実力のうちと言われるが、運を味方につけるぐらいの気持ちで経営しなくてはいけない。』(大賀 典雄)。テレサテン生誕65周年。

<1月29日生まれの偉人> ◆大賀 典雄(おおが のりお、1930年1月29日 - 2011年4月23日)は、日本の実業家、指揮者、声楽家。勲等は勲一等。ソニー株式会社相談役、財団法人東京フィルハーモニー交響楽団会長・理事長、東京文化会館館長。CBS・ソニーレコ…

『とにかくやってみなはれ。やる前から諦める奴は、一番つまらん人間だ。』(西堀 栄三郎)。二条城の本丸御殿

<1月28日生まれの偉人> ◆西堀 栄三郎(にしぼり えいざぶろう、1903年(明治36年)1月28日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の登山家、無機化学者、技術者。京都府出身。京都一中、三高を経て、京都帝国大学理学部化学科卒業。京大講師、助教授を…

天野屋利兵衛。二条城の二の丸御殿。狩野光信。

<今日の江戸学トピック> ◆享保12年(1727)1月27日、商人の天野屋利兵衛が亡くなりました。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」十段目の主人公の天河屋義平のモデルとされる人物。赤穂浪士のために武器を調達。捕らえられて拷問をうけながら、白状しなかったといわれ…

ロシア船打ち払い令。徳川家康。

<今日の江戸学トピック> ◆文化2年(1805)1月26日、幕府が諸大名にロシア船来航に対して、旧来にも増して沿岸警備を厳重にするよう命じました。長崎に来航した遺日大使レザノフを追い返した直後のこと。ロシア船を見かけたら、漂流民を送り返しに来たとい…

享保の打ちこわし。茶ノ木稲荷は眼病平癒の神様。

<今日の江戸学スポット> ◆享保18年(1733)1月25日の夜、米を買い占めているといううわさがある米問屋高間伝兵衛宅に職人、日雇いの人たちら1700人余りがおしかけ、店をこわし、家財や帳簿を川へ投げ込みました。将軍のおひざ元、江戸での初の打ちこわしで…

徳川秀忠。南総里見八犬伝。

<今日の江戸学トピック> ◆「およそ将たる者が、注意しておかねばならないことは3つある。第一には戦争、第二には災害、第三には火災。こうした不測の事態が万一起きた時にも、狼狽せず落ち着いて対処できるようにしておくべきである」これは、第2代将軍徳…

林 羅山

<今日の江戸学トピック> ◆明暦3年(1657)1月23日、儒学者の林羅山が亡くなった。幕府儒官林家の祖で、家康から家綱まで4代にわたり侍講としてつかえた。た。22歳で藤原惺窩に朱子学を学びました。徳川家康、秀忠、家光、家綱の侍講としてつかえ、外交文書…

天明の大火

◆今日の関東地方は2年ぶりの積雪。都内は20ミリを超え、交通機関は大混乱。<今日の江戸学トピック> ◆元和2年(1616)1月22日、前日に駿府で鷹狩に出かけていた大御所徳川家康が宿泊した城で発病。鯛のてんぷらを食べ、激痛がおさまらなかったため。家康は…

薩長同盟成立

<今日の江戸学トピック> ◆慶応2年(1866)1月21日、京都二本松の薩摩藩邸で行なわれていた薩摩・長州両藩の会談が合意に達し、薩長同盟が結ばれました。会談は元土佐藩士の坂本龍馬が仲介。薩摩からは西郷隆盛、大久保利通、長州からは木戸孝允が参加。長…

金地院崇伝。生類憐みの令を廃止。

<今日の江戸学トピック> ◆寛永10年(1633)1月20日、徳川家康の参謀役として活躍し、「黒衣の宰相」と呼ばれた臨済宗の僧、金地院崇伝が亡くなりました。65歳。本名は以心崇伝。幼時より京都南禅寺に入門。塔頭金地院に住み、南禅寺の再興に尽力。徳川家康…

静寛院宮.

≪今日の江戸検・江戸時代の女性たち≫ ●静寛院宮とは誰でしょう? <正解>和宮◆静寛院宮(せいかんのみや)没年:明治10.9.2(1877)・生年:弘化3.閏5.10(1846.7.3) 江戸幕府14代将軍徳川家茂の妻。仁孝天皇の第8皇女。孝明天皇の妹。母は典侍橋本経子(観行院…

實成院。明暦の大火。

≪今日の江戸検・江戸時代の女性たち≫ ●家茂の実母は誰でしょう。 <正解>實成院◆實成院(じつじょういん、文政4年1月18日(1821年2月20日) - 明治37年(1904年)11月30日)は、御三家紀州藩藩主徳川斉順の側室で江戸幕府14代将軍徳川家茂の生母。名前は美…

阪神・淡路大震災から23年。中西 君尾

◆阪神・淡路大震災から23年を迎え、地震発生時刻の午前5時46分には各地で黙祷が捧げられた。平成7(1995)年1月17日午前5時46分、兵庫県の淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の直下型地震が起こりました。淡路島、神戸市、芦屋市、西宮市では震度7を記…

藪入り

<今日の江戸学トピック> ◆1月16日は江戸では藪入り。かつて商家などに住み込み奉公していた丁稚や女中など奉公人が休暇をもらい実家に帰省する日。本来は農漁村で嫁が実家に里帰りする日。藪入りは今日と「後の藪入り」といわれる7月16日の年二回ありまし…

専行院(お美代の方)

≪今日の江戸検・江戸時代の女性たち≫ ●お美代は誰の側室でしょうか。 <正解>第11代将軍・徳川家斉の側室。(博覧強記P−93) ◆専行院(せんこういん、寛政9年(1797年) - 明治5年6月11日(1872年7月16日))は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の側室。俗名…

萱野三平自殺

<今日の江戸学トピック> ◆元禄15年(1702)1月14日、赤穂浪士の萱野三平が切腹自殺。前年に江戸城松の廊下で主君浅野内匠頭長矩が刃傷沙汰を起こし切腹させられた際、その知らせを早馬で赤穂の国元に知らせたのが萱野三平であった。大石内蔵助らが主君の敵…

左京の方

≪今日の江戸検・江戸時代の女性たち≫ ●浅野内匠頭奥方に奉公し、事件後、甲府に奉公したという人は? <解答>左京の方●左京の方とは 赤穂藩浅野家の江戸屋敷で、藩主の妻・阿久里の侍女として仕える15歳のきよは、浅野家の家臣で藩主・長矩の児小姓として若…

ようやく勉強が本格化。

◆ようやく江戸検の勉強も本格的に進めてきた。これから徐々にペースを上げていきたい。明日から週末であり、なんとか頑張っていこう。当面、2月から3月までは、今年のお題を含め、参考書を乱読気味に読んでいくことを中心に、テキストの熟読、幕末のノートの…

具足開き

<今日の江戸学トピック> ◆1月11日、江戸城では家康の歯朶具足を黒書院に飾り、具足開きをしました。そしてこの日が江戸城の御用始めだったそうです。その習わしが武家の行事となり、今日の鏡開きとなりました。≪今日の京都通≫ ●上賀茂神社の境内に流れる川…

江戸検 まで あと 280日。京都検まであと319日。

◆江戸検 まで あと 280日。京都検まであと319日。仕事も大事であるが、勉強も同様に大事である。今年こと合格を目指す以上、そろそろ本格的に勉強をしていきたい。仕事もあるが、平日最低5時間は勉強していきたい。今日から頑張っていきたい。≪今日の江戸検…

今日から仕事再開

◆今日から仕事再開。でも、勉強ははかどらず。そろそろスタートを切らねば。合格への道はない。◆江戸検定のお題『江戸のヒロインたち』ですね。町娘、花魁、大奥、文化人、江戸時代の女性は日本全国百花繚乱。まさに資料も盛りだくさんに集めていきたい。<…

連休3日目。ブログ通算2200日 (2200日間継続中)である。

◆明日から仕事も本格化である。ブログも通算2200日となった。考えてみれば、すでに6年を超えた。ただ、昨年3月から受験を控えたため一切公開していない。いずれ時期をみて公開してみようかな。そのためには、試験の資料はのせないことが条件であろう。そうす…

坂本乙女

◆坂本乙女 龍馬を育て力づけ励まし続けた、文武両道の女丈夫 坂本乙女は坂本龍馬の三番目の姉で、幼いときに病気で母をなくした龍馬の母親代わりを務め、書道・和歌・剣術など様々なことを教え、後の龍馬を育てた女丈夫だ。坂本乙女の生没年は1832(天保3)…

連休二日目

◆連休二日目。孫が遊びに来る。<今日の江戸学> ◆今日は人日。七草かゆを江戸時代には食している。今日もその習慣が残っている。 <今日の京都新聞> ◆西の鯖街道、現況と歴史たどる 京都の施設が本に(京都市北区) 京都市右京区京北のあうる京北を管理運…

大浦 慶

◆大浦 慶 亀山社中の面倒をみた女商人,前・後半生で明暗を分けた人生 大浦慶(お慶)は、長崎で若くして大胆にも外国貿易商と組んで茶商となり、とくに対米輸出で大成功を収め、有数の茶商としての地位を築いた。その後、お慶はその財力と美貌で多くの勤皇志…

楠本いね 

◆楠本いね シーボルトの娘で、明治の日本最初の西洋女医 楠本いねは、日本に医術開業試験制度が導入される前、1859年(安政6年)長崎西坂の刑場でオランダ医師ポンペによって行われた罪囚の死体解剖に立ち会った46人の医師のうちただ一人の女医師だった。ま…

今日から三連休

◆きょうからまた休みです。まず、午前中に通院し、ごごから勉強をしようと思っています。<今日の江戸学> ◆文政5年(1822)閏1月6日、戯作者の式亭三馬が亡く亡くなった。47歳。古本屋、薬屋などを営み、化粧水「江戸の水」や歯みがき粉を売り出して成功。1…

絵島

◆大奥大年寄・絵島 江戸城内の幕閣の権力争いのスケープゴートに 江戸時代中期、徳川七代将軍家継の生母、月光院(六代将軍家宣の側室、左京局)に仕えた大年寄(大奥女中の総頭で、表向きの老中に匹敵する地位)を務めた絵島は、当時名代の歌舞伎役者、生島…