再び『燃える闘魂』

稲盛和夫の『燃える闘魂』から
◆一歩間違えば単なる精神論と受け取られかねないこの言葉が真実の重さを持った言葉に変わるのは、会社設立以来54年間、一度も赤字決算を出したことがない京セラの経営に携わり、日本航空の再建も見事に果たした稲盛氏の口から語られているからである。「『言葉』とは、『何を言うか』ではなく、『誰が言うか』に尽きる」 こう語ったのはイチロー選手ですが、まさに至言である。そして、この『燃える闘魂』を呼び覚ますことこそが日本経済復活の鍵になると稲盛氏は述べている。
 ●現在、日本経済は低迷している。しかし、日本の中小企業、中堅企業、大企業の経営者たちが、不屈不撓の「思い」を持ち、何としても自分の会社をもっと立派なものにしよう、何 としても従業員の物心両面の幸福を実現しようと、必死の努力と絶えざる創意工夫を重ねていくならば、企業は成長発展を重ね、日本経済は必ずや輝きを取り戻すことができる。
 ●一般国民までもが,国や社会を再生しようとする強い意志をもって,自発的な行動に踏み出す。そうした機運が日本でも2025年に「衰」のどん底を見る前にわき上がるよう,国民の 危機意識を喚起していかなくてはならない。
 ●現在の資本主義の根本的な問題は,制度やシステムの問題ではなく,つまるところ,その根本にあるべき精神の問題であろうと思う。(略) わたしは資本主義社会を生きる者が, 正しい倫理観,強い道徳観を備えることが,いま最も大切なことであろうと考えている。資本主義とは本来,マックス・ウェーバーが唱えるように,己のためではなく,社会のために 利益を追求する経済システムである。
 ●経営者が「世のため人のため」という高邁な精神を基軸としてビジネスを展開していくことを求めています。
 ●社会生活のなかに,「世のため人のため」という精神とは逆の姿が目立っているように感じます。“権利”なのかもしれませんが,それを求めることが「世のため人のためか」と自 問してから“主張”してはいないようです。
 ●「『アベノミクス』について
 安倍晋三首相の積極財政、量的緩和、成長戦略の三本を柱とする経済政策「アベノミクス」への期待から、円安、株高が進み、景気に対する楽観的な見方も出ている。しかし、日本経 済の再生には、そのような政府の経済政策よりも、むしろ人々の「思い」を変えることのほうが重要だ。
 ●近代日本が80年という周期で歴史的な変動を繰り返している。
 江戸幕府が事実上崩壊した1865年から日本は近代国家への道を歩み始め、1905年に日露戦争に勝利するまでの40年間は、殖産興業と軍備拡張によって近代国家の建設を目指した日本の 上り坂の時代でした。欧州最大の軍事大国ロシアに勝利し、一気に国際舞台に躍り出た日本がとった政策は、さらなる軍備拡張で、軍事大国への道をひたすら歩み続け、第二次世界大 戦の敗戦という悲劇的な結末を迎えたのが、日露戦争から40年後の1945年でした。この下り坂の40年の間に、「強兵」という国家の指針について根底から問い直すべきであったのに、 勝利の美酒に酔い、さらなる自国の繁栄、領土の拡大を貪欲に求めた結果、日本は40年後に奈落の底に落ちることになった、と稲盛氏は述べています。
 一方、1945年の敗戦からスタートした戦後の日本は、国民をあげて経済復興に励み、「富国強兵」の「強兵」ではなく「富国」の方向に一気に傾斜していきました。そして、奇跡的な 経済復興を遂げピークに立ったのが40年後の1985年でした。莫大な貿易黒字をあげ続ける日本に対して諸外国から日本の経済モデルの転換を求められ、本当であれば、ひたすら経済成 長を目指す国の進路を根本的に問い直さなければならなかったにもかかわらず、バブル崩壊後も旧来通りの経済成長を続けるために財政出動を繰り返し、その場しのぎの経済政策をと り続けてきました。その結果、国債残高はGDP比200%を超え、もはや破綻寸前の状況にあり、早急に財政再建に取り組まなければ、1985年から40年後の2025年に日本は亡国の事態 を迎えることになるのではないか。危機意識が欠如している点で、倒産した日本航空と日本経済は二重写しに見える。日本航空の社員は自分の会社が倒産しても、「倒産した」という 実感がなく、どこか人任せの雰囲気があった。それと同じように、今の日本では国家破綻の危機に瀕している現実を直視せず、誰もが自分には関係ない話だと思っている。
 ●現在の日本の企業経営者たちも、深刻な財政悪化や困難な経済状況に対し、わがこととしてとらえず、どこか傍観しているようにさえ見える。なぜ、危機と真正面から向き合わない のだろう。
 ●不撓不屈の一心、何があろうと目標達成しようとする岩をも貫くような「燃える闘魂」がまずは不可欠だ。加えて,その「燃える闘魂」を制御するものとして,自分だけよければい いという利己的な心ではなく,すばらしい「徳」に満ちた,やさしい思いやりの心をもたなければならない。この「機会の声」を聞き,「製品の声」を聞くこと,また「神に祈る」ほ どの真摯な取り組みは,京セラのものづくりの原点となる教えとして,いまも現場に継承されている。もうひとつ「手のきれるようなものをつくる」ということも,京セラの製造現場 の鉄則となっている。
⇒⇒⇒何があろうと目標達成しようとする岩をも貫くような「燃える闘魂」がまずは不可欠だ。まさに、「負けてたまるか。」である。まさに、熱い心を感じた。これからの人生にやはり「負けてたまるか。」である。