『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術』〜三田紀房流マンガ論』

<ポイント>
1.慣習に反しても規則正しく働く
 "業界の慣習通り"の働き方を続けながら、これでいいのだろうかという疑問を持つようになった。どう見ても不健康だし、自分にとってもアシスタントにとっても、いい働き方とは思えない。そこで7〜8年経ったあるとき、「来週、実験的に1週間徹夜しないルールを作ってみないか。朝早く来て、集中して作業して終わるかどうか、やってみよう」と言った。(中略)1週間試した結果、アシスタントのみんなも「このほうがいい」と納得してくれたので、それ以来、9時半出社を原則とした。規則正しい生活になったおかげでアシスタントが病欠しなくなり、やめないで長く続ける子が増えた。そうすると技術が蓄積されていって、手が早くなる。結果、さらに仕事を効率化して早く作業できるようになったり、新しい技術を覚えて自分の仕事に生かすことができたり、副次的な効果が大きいと気が付いた。

2.自己満足に時間をかけるのはムダでしかない
 読者のニーズとは関係のない「単なる自己満足」のために複雑な手法に手を出して、時間をかけるのはムダなことだ。自信を持てないことには、最初から手を出さない。迷う要因になりそうなことを排除する。この2つを守った結果、私は一度もネームにつまずいたことがない。 迷い、苦しみながら作るというのは一見カッコよく見えるが、読者にとっては一銭の価値もない。私はそこそこ美味しく、飽きの来ないラーメンを毎日提供する日高屋のようなマンガ家でいたい。凝りに凝ったラーメンを作ろうとして、「今日は納得いく味にならない」といって店を休む「こだわりのラーメン店」など、客にとっては迷惑なだけだ。

3.できる限り小さな視点で企画を考える
 私の場合は、「針の穴」理論を使う。大風呂敷を広げるのではなく、針の穴くらい狭いところにテーマを絞り込んで、企画を考えるのだ。『アルキメデスの大戦』では、「戦艦大和の建造費って、いくらかかったのだろう」というところから始めた。第二次世界大戦に関わる膨大な史実の中から、ただ1点、「戦艦大和の建造費」だけを抽出したのである。旧日本海軍が建造した世界最大の戦艦であり、映画やアニメの題材にもなってきた戦艦大和。建設には一体どういう人々が関わり、お金はどこが出したのか。計画に反対する人はいなかったのか───。針の穴くらいのテーマを定めると、そこから発想が勝手に膨らんでいく。大づかみで企画を考えるより、小さなところから大きくしていくほうが、面白いところに発想が転がっていくのである。

4.異なるものを組み合わせる
 もう1つ、私が企画を立てるときに意識しているのは、「要素を掛け合わせる」ことだ。例えば、高校野球をテーマにしたマンガを描きたいと言っても、そんなものは掃いて捨てるほどある。何か新しい要素を掛け合わせなければ、企画として成立しない。そこで「お金」をからめて、高校球児が支援者から1000万円を託されて甲子園を目指すという設定で描いたのが、『砂の栄冠』だ。また、『ドラゴン桜』は「受験競争」というテーマに、スポ根の要素を組み合わせている。桜木の指導は基本的につめ込み教育で、鬼監督が主人公たちを鍛え上げるスポ根マンガと同じ発想だ。

5.まずは型どおりにとことんやる
 そもそも私は、「個性」などというものを信じていない。よく自分の個性、オリジナリティーを見つけたり表現したりすることを人生の課題としている人がいるが、そんなものはそうそうあるもんじゃない。天才と言われたベートーヴェンですら、出発点ではモーツァルトハイドンから徹底的に学び、そのうえで後世に残る名作『交響曲第九番』を生み出した。スポーツや芸術、どんな分野でも、最初は先人が培ってきた技術や知恵をマネすることから始まる。自分一人で独自の方法を追求するより、そのほうが早いからだ。「個性を見つけて伸ばせ」と言っても、一人の人間がもつ能力なんてたかが知れている。まずは型通りにやってみる。それも、とことんやる。そうすれば個性は後からついてくる。