「スティーブ・ジョブス驚異のプレゼン」(カーマイン・ガロ著・日経BP社)から

CEOをおり、亡くなったスティーブ・ジョブス。在任中の経営成果で第一位に輝く。経営者がなすべき仕事を理解し、実践していた。「Aランクの人材しか雇わない。」「商品企画を足し算でなく、引き算で考える。」といった現代の経営者像を考える参考になるジョブス。
●この本で興味を覚えた個所
・目の前の仕事を本質まで掘り下げられるかどうかで、その道でプロになれるかどうかが決まります(P65)
ジョブズが提示するポイントがせいぜい3つか4つ。「3点ルール」がとてもパワフルなコミュニケーション。理論であることをジョブズはよく理解しているのだ(p103)
・文字がたくさん書かれたスライドは体験を劣化させるだけなのだ。スライドをシンプルにすれば、注意は集中すべきところ、つまり、スピーカーへと集まる(p172)
ジョブズがマックブック・エアを「世界で最も薄いノートパソコンだ」と紹介したとき、あるスライドは、少し大きな封筒の上にマックブック・エアが乗っている写真だった(p182)
・プレゼンテーションのスキルを高めたいと本当に思うなら、自分の姿を録画し、ほかの人と一緒に確認するとよい。(p330)
・5分間のデモを行うため、エバンジェリストとそのチームは準備に数百時間も費やしたという・・・。ジョブズのリハーサルは丸二日。(p314)
スティーブ・ジョブズという人は自分にも他人にも容赦なく最高を求めます。(p315)

●書籍『スティーブ・ジョブス』について
 プライベートを多く語らないことで知られるジョブズ本人が著者に請い、この伝記は書かれた。本人や関係者への膨大な取材がベースとなって、初めて明かされる事実も多く、資料的価値も高い。ただし、あれほど印象に気を遣うジョブズが、本書の内容について著者に一任したという。56年の生涯のうち、ほぼ40歳までが上巻で描かれる。生後すぐに養子へ出されたこと、ドラッグへの耽溺たんでき、ガールフレンドの出産などが赤裸々に綴つづられる。こうした経験が必然的にジョブズの人間像に投影される。LSDの幻覚やインドでの異文化体験を通じて、知力よりも直感を重視するスタイルを得る。東洋思想、とりわけ禅への傾倒は興味深い。結婚式まで仏式だ。禅の簡素さを重んじる思想が、シンプルな本質を至上とする製品デザインにつながったのは想像に難くない。独特な菜食主義でもあり、日常に食する果実を社名にした。
 そのアップル社を立ち上げ、一気に成功していくくだりは興奮する。時流に乗ったのではない。ジョブズは時流を創った男なのだ。共感・フォーカス・印象――同社の哲学はこの頃に作られた。とくに製品の「印象」を重視し、プレゼンテーションに異常なまでの心血を注ぐジョブズの姿勢は生涯一貫する。マッキントッシュの象徴ともいえるマウス操作。このアイデアゼロックス社からの盗用であることは広く知られている。「偉大な芸術家は盗む」と当人も認める。しかし、着想と実行には大きな隔たりがある。
 その後荒廃したアップルだが、ジョブズが復帰して王政復古を遂げた。それ以降を描く下巻はさらに圧巻だ。同僚との衝突や軋轢あつれきは依然絶えないが、天も抜けるようなカリスマ性が彼には備わっていた。直感を駆動源とした瞬発力はほとんど神業だ。とはいえ、神ではない。他社によるiPhoneアプリの開発に反対だったなど、必ずしも十全な先見性を持っていたわけでないことも明かされる。若いうちに成果を残さねば――夭折を予期したのか、急せき立てられるように生き抜いた。「幸運だった」と当人が振り返るその人生は過剰な刺激に侵蝕され、本当に幸せだったのかと凡庸な私は疑いたくなる。常にもがき、戦い、挑んだ。スマートな生き方ではない。偏執的な完璧主義。辟易するほどの自己顕示欲。現実を歪曲する虚言癖。傲慢で攻撃的。ときに酷薄で奸計高い。人格障害さえ疑われる複雑な性格は、社会的成功へと導く不可分な矛盾だろう。肝臓移植やDNA検査を受けつつ癌がんと闘った晩年、電子教科書やクラウド型テレビなどを構想した。アイデアの玩具箱だった彼は思い描く世界を実現できずに世を去った。まさに、未来への憧憬をも語る本書こそFor Steve。

おとなり日記「空っぽアイデンティティ」でスティーブ・ジョブスを読んだ感想が次のように書かれていた。(抜粋であるが)『厳しい性格で、二者択一のやり方には閉口した。自分にはジョブスにはなれない。』と言う意見があった。たしかに、自分にも他者に対して最高を求める傾向があるようだ。でも、現代の経営者像の一人であることは街はいない。