消費税増税では財政再建できない

 財政再建の主要な手段は、消費税の増税であると一般に考えられている。政治的に難しいことを別とすれば、現在の日本の税制で増税の可能性があるのが消費税だと考えられるためである。確かに、ヨーロッパの付加価値税の税率が平均して20%程度であるのに対して、日本の消費税の税率は5%だから、まだ税率引上げの余地があるように思われている。しかし、数パーセントの税率引上げならともかく、現在の日本の財政赤字を解消するには、税率を20%以上に引き上げる必要がある。そして、このような規模の税率引上げだと、さまざまな問題が発生する。消費税増税は政治的に難しいだけでなく、経済的にも問題がある。まず、第1に、増税すれば確かに単年度の赤字は解消され、新発債の発行は楽になる。しかし、これまで発行された国債の残高は残るので、既発債借り換えの問題は残る。第2には、税率引上げが徐々になされる場合には、将来の物価水準が高くなるという予想が形成されるので、名目金利が上昇する。このため、金利負担が重くなる。また、既発債の時価は下落し、国債を大量に保有している金融機関に多額の損失が発生する。こうしてみると、、増税しても財政再建ができるかどうかに疑問が生じる。
 逆にインフレは、財政再建の1つの方法だ。終戦直後の日本でも、戦時中に累積した国債をインフレで解消した。最近では、ロシアでも同じことが起きた。財政赤字に悩むギリシャでインフレが起きていないのは、ユーロに加盟しているため、金融政策の自由度を奪われているからである。当然、インフレにも問題が多い。インフレというと、破滅的なハイパーインフレを想像しがちだが、コントロールされた物価上昇も可能かもしれない。経済成長が実現して税収が増加するなら、それが最も望ましいことは言うまでもない。また、歳出削減も赤字縮小のために必要である。しかし、こうしたことは、言うべくしてその実現はきわめて難しい。だから、増税やインフレを考えざるをえないのかもしれない。増税による場合でも、国債残高は変わらない。増税やインフレによってどのような問題が生じるかは、どの程度の赤字削減を目的とするかによってかなり違う。ここでは、ユーロの加入条件である「単年度財政赤字の対GDP比3%」を目標としよう。日本の場合、これは約15兆円になる。2010年度の赤字は実質的には55兆円なので、それから40兆円減らす必要がある。消費税増税だけでこれを達成するには、税率を20%程度引き上げる必要がある。現在の5%と合わせると、税率は約25%になる。インフレによる場合はどうか? ここでは、継続的な物価上昇ではなく、1回限りの変化で物価が4倍になることを考えよう(インフレをこのようにコントロールできるかどうかが大問題だが、ここでは可能であるものとする)。仮に税収の弾性値が1.3だとすれば、4倍の物価上昇で税収は5.2倍になり、現在約37兆円である税収が192兆円になる。歳出には、物価にスライドせざるをえないものや、地方交付税のように税収が増えると自動的に増えるものもある。しかし、名目値で固定されているものが多いので、財政当局がかなりの程度コントロールできるだろう。仮に2.5倍に抑えられるとすれば、現在92兆円である歳出が230兆円になる。赤字は38兆円となり、名目GDP2000兆円の1.9%になる。公債依存度は16.3%に低下する。ここで、両者の「財政再建」の姿は、異なることに注意しよう。増税の場合、単年度の赤字は縮小するが、国債残高は(消費税増税による物価上昇効果を除けば)減るわけではない。したがって、それに伴う利子支払いと償還の負担は残る。これに対して、インフレの場合、債務残高の名目値は不変なので、物価が4倍になれば、現在GDPの約197%である一般政府債残高は、GDPの49.3%になる。なお、どちらも貿易には中立的である。消費税の場合は、国境税調製(輸出を非課税とし、輸入に課税する)のため、税率変化は貿易に影響しない(ただし、インボイスが不在のままだと、輸出を完全に非課税にできるかどうか、疑問が残る。これが不完全だと、輸出競争力は低下する)。インフレの場合、為替レートは円安になるが、購買力平価を一定に保つような変化であれば、日本の輸出競争力は不変にとどまる(円安になると競争力が高まると考えている人が多いが、インフレによる円安では、そのような効果はない。)
インフレが予想される場合、名目金利は期待インフレ率の上昇分だけ高くなる。インフレ時には、貸し手は名目値で固定された額が返ってくるだけでは購買たょくが低下してしまうので、それを補うように名目金利の引上げを求める。それに伴い、国債時価の下落し、国債保有者に多額の損失が発生する。一方、インフレが急に生じ、短期間で収束するなら、金利は不変にとどまる。インフレの際、賃金は、遅れるかもしれないが、物価に追いつく。その負担は、主として預金者など名目資産の保有者が追うことになる(終戦直後の日本で起きたのは、ほぼそうしたことだった。)金融機関は、預金も資産も名目なので、大きな影響は受けない。だから、資産保有者に課税して借入社に補助金を与える政策と同じようなもの。インフレの問題は、低所得者の購買力も等しく奪う。だから、程度の差こそあれ、どちらでも問題が生じ、なんらかの対策が必要である。終戦後の日本では、ドッジラインによる緊縮財政でインフレを収束させた。上で考えたような「1回限りの物価上昇」が実現できるかどうかは、確実でない。他方で、消費税の場合も、経済活動に影響がある。しかも、いったんは財政収支が均衡しても、歳出増加圧力が残っていると、再び収支が悪化する可能性がある。また、税率が高いと、1%で2兆円の税収は得られない。結局、どちらもいばらの道であり、増収にはつながらない。再度増税を繰り返すことになる。外貨積立等を崩して公債変換に充当するとともに、公債返還のために国債発行をすべきではない。まず身の丈に合わせた歳出への見直しであり、さらに事業の地方への移管が先決である。税と社会保障の一体改革であるといっても、増えずつける社会保障費に充填するだけであり、一体消費税をいくらまであげるつもりであるか。消費税増税しても財政再建はできない。

おとなり日記 88047 2012-04-01
「国の財政は大赤字」の嘘
 農業の専門雑誌に「現代農業」という雑誌があります。その4月号に楠本雅弘さんという方が“新しい「社会勘定」へ−−複式簿記の「地域」への応用−−”という連載記事を書かれています。楠本さんは農山村地域経済研究所長だそうです。複式簿記を地方の様々なエリアの経済実態の把握に応用する試みは斬新な発想で、非常に興味深いものがあります。ただ、今月号の内容にはちょっと気になったところがあります。
 『国の借金1000兆円のうち、約四分の三は国債を発行した残高であるが、その国債は誰が買っているのだろうか? 最近の主体別の国債保有残高をまとめたのが図1(掲載されているのは日本銀行調査による、主体別の国債保有残高〈2011年9月末現在〉)である。銀行などの金融機関が38%、保険会社や年金など「機関投資家」と呼ばれる主体が約25%・・・・と続いている。銀行や機関投資家は、家計や企業から集めた資金を「安全な運用先」だと判断して国債を買っているのである。
 国債は本当に安全なのだろうか? ヨーロッパ諸国の経済・財政危機に世界中が集中する中で、ギリシャが実質上の財政破綻を起こし、イタリア・スペインと波及し、国債格付け機関から、各国の国債の格付け評価の引き下げが発表されるというニュースは記憶に新しい。
 国家財政の破綻、わかりやすくいえば「国家の倒産」や「自治体の破産」は起こる可能性があるし、過去に何度も実例がある。日本でも、最近では北海道夕張市の例がある。』
 おそらく依然としてこれが日本の国家財政に対する普通の認識なのでしょう。残念なことです。楠本さんは一点だけ重要なポイントを忘れてしまっているので「(日本)国家の倒産」は起こる可能性があると結論づけてしまっているのです。それは、日本国政府及び日本銀行は日本円を発行する権利を持っているという点です。日本銀行は日本政府の子会社ですから、単純に日本国政府は日本円という通貨の発行権を持っているといってよいでしょう。これはつまり、貸借対照表を使って表現すれば日本政府の現預金の額は、現実的には具体的な数値が掲載されていると思いますが、実際には“無限大”であるということです。
 日本国政府国債は100%日本円建てですから、海外から外国通貨を借りているわけではありません。楠本さんは日本の国債の引き受け先が銀行や機関投資家であることは説明していますが、より重要なことはそれが100%日本円建てであることです。この点と日本国政府が日本円の発行権を持っていることを合わせて考えれば、現状で日本国がギリシャのように破綻することは100%あり得ないことが誰にでも理解できます。自分の発行する通貨を借りているのに返済できないなどということがあり得るでしょうか?
 ではなぜギリシャは実質上国家破綻し、夕張市自治体として破産したのでしょうか?
 ギリシャ政府が借りていたのはギリシャ政府発行の通貨ではありません。EU中央銀行が発行するユーロです。ギリシャが財政難でユーロ建ての借金を返済できなくなり、こっそり地下の印刷所でユーロを刷って返済したらどうなるでしょうか? 最悪の場合NATO軍のギリシャ進駐ではないでしょうかね。したがってギリシャは国内が騒乱状態になっても財政再建を推し進め、対外債務を返済していくしか道は有りません。イタリヤやスペインも同じです。どうやら両国ともギリシャ同様、国内には失業者があふれかえり、デモや暴動で阿鼻叫喚となりつつあるようですが、このままEU内に留まったままで(=通貨発行権EU中央銀行に委譲したままで)、このきびしい現状を解決できるのでしょうかね?
 夕張市も同様です。地方自治体の債務は円建てで行われています。もし仮に夕張市が市役所の奥でこっそり日本円を刷って返済しようとしたら・・・・これってどうなるんでしょう? ちょっと想像できませんね。しかし、ギリシャに比べて夕張市が恵まれているのは、適切な財政再建を進めながら基本的な行政サービスの水準を落とさないように国に支援を求めることができることかもしれません。いくら地方自治体が放漫財政で破綻したからと言って、国家政府の方はそれを放っておくことは国家全体の安定的統治の点から言ってできないからです。要するに、地方自治体に通貨発行権がないということは、「地域“主権”」という考え方がバカげた妄想でしかないということを完全に証明しているわけです。
 さて、以前も書いた通り、日本の国の借金、つまり海外から借りているお金の額(対外負債残高)は、最新版の「日本国勢図会」P362によると2009年現在288.6兆円です。一方で、海外に貸しているお金(対外資産残高)は554.8兆円です。ということは貸しているお金の方が、借りているお金より266.2兆円多いということになります。つまり対外純資産が266.2兆円あるということです。日本国はギリシャ的基準で考えれば全く借金はしていません。それどころか世界最大の債権国なのです。そういう国が破綻するということは、通常の脳みそを持っている人間であるならば「あり得ない」と考えるであろうし、実際その通りです。破綻はしません。否、できません。
 しかし、通貨発行権を持ち、日本円建ての借金なら何時でも返せるとしても、日本政府は“財政破綻”ではなくもっと別なことを注意して金融政策や財政政策を進める必要があります。それは「適度なインフレ」です。デフレ不況を脱する方法に特別な方法は何もなくて、大規模でスピーディな財政政策と金融緩和のセット以外にありません。しかし、景気が回復すれば民間の資金需要が旺盛となり、当然金利が上昇します。今まで金融機関の中に眠っていた資金が積極的に投資に回ることになるからです。その時初めて国債金利も上昇します。まともな国ならば、この段階で初めて“規制緩和”や“官から民へ”、あるいは“貿易自由化”が政府の主要議題になるわけです。それでも更に景気が過熱していくようであれば、今度は“増税”が政府の議題に上ることになります。経済成長しているのですから税収も当然増えているはずです。これが正しい財政再建なんです。
 通貨発行権を持つ政府の役割は自らの財政収支をバランスのとれたものにすることではありません。国家経済全体の調子を整えるために財政政策や金融政策を押し進め、適度なインフレを維持することです。楠本さんのような国家財政についての“誤解”が日本社会全体に蔓延しているので、この当たり前の経済運営がなかなか実現できないのが現在の日本の最大の問題といえるでしょうね。
 最後にもう一度強調しておきますが、日本国は世界最大の債権国であり、むしろ外国に貸している資金を自国の経済発展に投資できないことが問題となっている国です。日本政府の債務はほぼ100%日本円建てであり何時でも返済可能です。しかし、金融機関が民間に投資先がない(=民間に資金需要がない)以上、金融機関の側としては“国の借金”を返済なんかされたら迷惑なはずです。よって日本国は現状では100%破綻することはありません。