日本経済はどうなるのか。

25日のニューヨーク外国為替市場の円相場は、日本銀行の追加緩和観測などから円売りが加速し、一時、1ドル=91円20銭と2010年6月中旬以来、約2年7か月ぶりの円安・ドル高水準をつけた。
 円安が加速されたようだが、金融情勢の変化だけで、実体経済に変化は少ない。貿易収支は赤字であり、円安デフレ?物価上昇しても賃金が上がらければ景気浮揚にはならないはず。


◆日銀の無期限金融緩和で「物価目標2%」は達成できるか・・・小宮一慶氏は語る。
 1月14日、首都圏で大雪が降りしきる中、全国各地で成人式が行われました。今年、新たに成人した人は122万人。ここ数年の推移を見ますと、2010年は127万人、2011年は124万人、2012年は122万人と、若者の数がどんどん減少してきています。日本は高齢社会ですから、当然のことながら、若者が背負う年金や保険料、税金等の負担は増大していくわけです。さらに、若い世代は失業率の高さや賃金の低下に直面しています。今回、前半では若者がこれからの時代をどのようにして生き抜いていけばいいか、私の意見を述べたいと思います。後半では、これから走り出すアベノミクスを評価していくためには、どの指標に注目すればよいかを指摘していきます。
高齢者の就業率が上がると、若年層の就業率が下がる背景にあるものは
 冒頭でも触れましたが、少子高齢化はどんどん進んでいます。新成人人口の減少からも分かりますが、出生数の減少はより著しいものとなっています。2012年の出生数は103万3千人と推計されており過去最小でした。団塊ジュニア世代の出産ピークが過ぎたことも影響しています。
 これと関連して、2013年1月21日の日本経済新聞(※以下、日経新聞)に興味深い記事がありましたので、ご紹介します。
団塊まだまだ働く 人口減の影響緩和
 「65〜69歳の人口に占める就業者の割合(就業率)は昨年13年ぶりの水準に急上昇し、新たに加わった65歳が高い労働参加率を維持していたことを示唆している。
 一方で、企業が若者の雇用に消極的になる懸念もある。経団連の調査では、65歳までの雇用延長を原則義務付ける際にも、3分の1以上の企業が『若年者の採用を減らす』と答えた。(2013年1月21日付 日本経済新聞朝刊)」
 65歳以上の就業率が上昇しているという記事です。これは、若者たちの社会保険料の負担を軽減することにつながりますが、子どもが減少しているという現実は変わらないわけです。結局は構造や制度を変えていかないと若者の高負担は解消できません。
企業は国内の雇用を削減したい
 具体的には、年金の支給開始年齢の引き上げ、定年年齢の引き上げなど、制度そのものを変えていく必要があります。このままでは、就業者の減少による経済の停滞や、若年層にのしかかる社会保障負担の増加などの問題はどんどん深刻化していくことは間違いありません。高齢者の就業率が上昇したことは、これらの問題を緩和する要素の一つにはなりますが、根本的な解決にはつながらないのです。
 また、高齢者の就業率が上がると、若年層の就業率が下がるのではないか、という意見もあります。上の記事でも、「65歳までの雇用延長を原則義務付ける際にも、3分の1以上の企業が『若年者の採用を減らす』と答えた」とあります。
 労働人口という数の面だけで考えると、高齢者の就業率が上がる影響はさほど大きくありません。例えば、2013年の時点での65歳の人口は約220万人です。その就業率が約40%だということですから、約130万人がすでに退職、あるいは元々働いていないと概算できます。そして、今年の新成人が122万人ですから、新成人すべてが就職したいと考えたとしても、数という点ではある程度のバランスがとれるはずなのです。
 つまり、企業の本音は、国内での雇用数を削減したいということなのです。もう少し具体的に言いますと、企業はすでに海外にシフトしていますから、人を雇うとしても、海外で活躍できる人を雇いたいのです。一方、若者の中には、海外は御免という人も少なくないと聞きます。ここで雇用のミスマッチが起こっています。
 そういう点では、日本国内での経済成長を実現していかない限り、雇用を増やすことは難しいということです。いずれにしても日本の成長率は人口動態を考えても他国の成長率にはなかなか追いつかないでしょうから、若者は海外に目を向け、勉強や経験を積んでいくことが必要になるでしょう。
②個人の能力差が収入を大きく左右する時代に
 また、この先の時代は、個人の能力差が出る仕事に就いて、成果を上げていかない限り、多額の収入を得ることは難しいと思います。機械化が非常に進んでいますから、機械ができる仕事はそれほど熟練度を持った人材が必要ないわけです。つまり、「誰でもできる仕事」が増加しています。これは、このような業種では賃金が上昇しにくいということを意味します。あるいは、自動改札機のように機械そのものに人の仕事がとって変わっているものも少なくないという社会の流れがあるということです。
 さらに景気後退という背景もあり、失業率もなかなか改善されない状況が続いています。特に若年失業率は、2011年の時点で8.2%であり、全世代の2倍近くにも上ります。若者たちは、若いうちに自分の能力が高まるような仕事に就いていないと、将来設計が描きにくくなることは間違いありません。
 若いうちは「フリーターでもいいや」と思っていても、確かにその時は生活が成り立つかもしれませんが、将来結婚をしたり、子どもを持ったりした場合、どうしても家庭を支えることが難しくなります。もっと言いますと、現状では、しっかりした経済基盤がないと、自分の子どもに高等教育を受けさせることも困難になります。現実問題として、特に都市部では、中高一貫制の私学の進学状況が良く、そのような学校に行かせるには結構なお金がかかるからです。それは教育格差として次世代へ受け継がれてしまうことにもなりかねません。
 若者たちは、こういった現状をしっかりと認識した上で、自分がどのような仕事に就くべきかを考えなければならないのです。若者に希望を持たせるような社会を作ることが大人の果たすべき役割ですが、残念ながら、日本の未来にはこのままでは明るさが見えません。その中でも生き抜いていくために、若者たちはしっかりと現状を把握した上で、自分の将来を考えることが重要だと思いますし、私たちも若者に夢を持ってもらえるような経済環境を作り出していく努力をしなければならないのです。
③物価下落の最大要因は何か
 次に、安倍政権の経済政策が抱える問題と、その行方を見極めるために注目すべきポイントについてお話ししていきます。まずは、これに関連して興味深い記事が日経新聞の「経済教室」にありましたのでご紹介します。
公共投資より雇用対策を 林敏彦 同志社大学教授 稲田義久 甲南大学教授
 (略)消費者物価指数を押し下げている最大の要因は「教養娯楽用耐久消費財」と「家庭用耐久消費財」、つまりテレビ、ビデオ、パソコン、冷蔵庫など家電製品の大幅な値下がりだ。教養娯楽用耐久消費財の価格は、ここ30年間で10分の1に下落している。(2013年1月21日付 日本経済新聞朝刊より)」
 安倍政権の政策によって「消費者物価指数」が注目されていますが、確かに下落傾向が続いています。ただ、ここで「消費者物価指数」の計算の仕方に注意が必要です。この指標は、600品目の小売価格を調査したものです。ただし、デジタル家電などでは性能についても考慮しています。物価の計算をする際、性能が向上した分を反映させているのです。例えば、あるパソコンの後継機種が、元の機種より性能が2倍向上したにも関わらず、価格は変わらなかったとします。この場合、物価変動はないとするのではなく、機能の上昇分も価格に反映させ、物価は下落したということにするのです。
 特に日本は、家電製品やハイテク製品を多く消費していますから、性能の向上が消費者物価に反映されやすいのです。ここで、先程の記事にある「消費者物価指数を押し下げている最大の要因は『教養娯楽用耐久消費財』と『家庭用耐久消費財』、つまりテレビ、ビデオ、パソコン、冷蔵庫など家電製品の大幅な値下がりだ」という箇所に注目してください。性能がどんどん上がって、価格が上がるどころか下落しているほどですから、国内の消費者物価はますます下落しやすい傾向にあるのです。
 こういった問題を抜きにしても、大胆な金融緩和を行ったからといって、物価下落の激しいテレビやゲーム機を買おうという人がそれほど出てくるのかを考えると疑問です。
四企業の資金需要は少ないまま 今後も増加することは考えにくい
 また、同記事の続きに、以下のような箇所があります。
 「また、民間非金融部門は80兆円、国内総生産GDP)の17%の企業貯蓄を積み上げている。企業部門の問題は資金不足ではなく、国内への投資機会を見いだせないでいることだ。一方、金融機関は、08年から日銀当座預金に0.1%付利されて以降、超過準備を30兆円積んでいる。(2013年1月21日付 日本経済新聞朝刊より)」つまり、民間企業は資金不足ではないということです。「銀行計貸出残高」を見てください。 この傾向を見ますと、若干増えつつあるものの、2010年度は前年比マイナス2.0、2011年度は前年比マイナス0.1%と大きく落ち込んでいましたから、そういう点を考えますと、資金需要が増えたとは言えないのです。
 同じく「マネタリーベース」を見てください。これは現金通貨と日銀当座預金残高の合計のことで、具体的には現金通貨が約80兆円、日銀当座預金残高は約40兆円、合計で120兆円程度あります。安倍政権は、日銀にプレッシャーをかけることにより、金融緩和によって、この「マネタリーベース」を極端に増やそうとしているのです。「マネタリーベース」の傾向を見ますと、2011年度は前年比14.9%の増加、このところも10%前後の増加の状況が続いていることが分かります。つまり、以前から日銀は量的緩和を行っているわけですが、安倍政権はそれ以上に行おうとしているのです。
 しかし、「銀行計貸出残高」を見てもお分かりの通り、企業はお金を借りようとしていないわけです。ですから大胆な金融緩和策を行ったとしても、通貨の膨張によってある程度のインフレ傾向に動かすことは可能かもしれませんが、景気浮揚に働くかどうかと考えますと、正直なところ疑問を抱かざるを得ません。
⑤日銀の金融緩和が効果を上げるか
 企業は、日本全体の成長期待がないと、国内で資金を借りようとはしません。しかし、企業は海外での投資に対しては旺盛な意欲を見せていますから、銀行は外貨を海外で調達して、海外で日本企業に貸すという行動が定着しつつあるのです。ですから、やはり国内産業を強化しない限り、国内での資金需要が伸びるということは考えにくいのです。
 21、22日に行われた日銀の金融政策決定会合で「2%の物価目標」を導入し、その達成に向け、無期限の金融緩和をすることを決めました。今後、日銀としても物価2%に対するコミットメントを強くするでしょうから、「マネタリーベース」をさらに増やすのではないかと予想されます。この増え具合を観察することと同時に、資金需要を示す「銀行計貸出残高」、それから現金通貨と市中銀行の預金量の合計である「M3」が結びついて増加していくのかどうか。貸出量が増えれば、その一部が預金として残り、それがさらに貸し出されて、また、一部が預金として残るということを繰り返しますからM3も増加するわけです。ここにも注意していくことが肝要です。
 それらがうまく機能しなければ、単にマネタリーベースだけが膨張しただけで終わってしまいますし、公共事業を行って国債残高を増やすだけになってしまいます。なかなか舵取りが難しいでしょうが、そうならないことを、私は強く望んでいます。
⑥安倍政権はインフレの先に何を目指すのか
 先程の記事の続きに、もう一つ、注目すべき箇所があります。『実は、日本経済の危機は、金融機関や企業部門ではなく勤労者の身近にある。
 図は、従業員5人以上の全産業の事業所で雇用されている常勤、パートタイマーを合わせた月額平均現金給与総額(名目賃金指標)と、それを消費者物価で割った実質賃金指標の推移を示したものだ。名目賃金は00〜12年の間に10%近く低下している。(2013年1月21日付 日本経済新聞朝刊より)』
 デフレにより、名目賃金はずっと減少し続けているということです(図は省略)。実質賃金は名目値より少し上を保持していますが、結局は、賃金が大幅に下落しているということが大きなポイントなのです。これと併せて注目してほしいのは、2012年7-9月の名目GDPが1991年とほぼ同じ水準だということです。つまり、この20年間ずっと伸びていないという現実があるのです。いつもお話ししていますように、名目GDPは給与の源泉です。それが伸びない中で、さらに一人当たりの賃金が減少しているということなのです。
 金融緩和を行い、デフレを脱却させることで景気が浮揚し、その結果、企業の利益が増加して賃金に反映してくる可能性はあります。ただ、一番の肝である長期的な景気拡大が起こるかどうかは分かりません。短期的には、公共事業等が増えるわけですから、景気が浮揚される可能性があります。しかし、それが続くかどうかが別の問題ですし、いかにして景気回復を続けていくかということを考えなければならないのです。
 いつもお話ししているように、国内での産業政策が成功して経済の底上げができれば、給料はコンスタントに上がっていく可能性があります。しかし、今の産業構造のままでは、それを実現することは極めて困難です。さらに言いますと、貿易収支の赤字が経常化しつつあることも深刻な問題です。その結果、11月の経常収支も赤字になっていますね。これらの数字が今後、どのように動いていくのかに注目し続けることが重要です。
⑦成長戦略で何を示せるか
 安倍政権は、一体何を改善したいのでしょうか。インフレを起こしたいということは分かりますが、ただ単に通貨を膨張させてインフレにして、短期的な景気対策を行うだけで景気を浮揚させるということではないでしょう。「三本の矢」の三つ目の成長戦略も今年6月に向けて打ち出していくと発言していますが、実効性のある経済の本格的な底上げのプランが示されるかに注目です。現在の貿易赤字の傾向をどのように脱却していくかという点もしっかりと示してほしいところです。
 でなければ、このまま貿易赤字に付随して経常赤字が続くと、日本国債の暴落を招きかねません。ご存じのように、日本国債が暴落しない一つの要因は経常黒字ですから、経常赤字が定着する、あるいは経常黒字額が大幅に減少する状態が続くことになってしまったら国内の金融は大混乱に陥る可能性があるのです。

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今後の成長戦略に注目でしょうか。


(1月26日生まれの偉人)
◆甘粕 正彦(あまかす まさひこ、1891年(明治24年)1月26日 - 1945年(昭和20年)8月20日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名(無政府主義者大杉栄らの殺害)。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満州映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。
◆盛田 昭夫(もりた あきお、1921年(大正10年)1月26日 - 1999年(平成11年)10月3日)は、日本の技術者、実業家。井深大と共に、ソニー創業者の一人。太平洋戦争中、海軍技術中尉時代に戦時科学技術研究会で井深大と知り合う。終戦後、1946年(昭和21年)に井深大らとソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立し、取締役に就任。 1950年(昭和25年)日本初のテープレコーダー「G型」を発売。1955年(昭和30年)日本初のトランジスタラジオ「TR-55」を発売。1979年(昭和54年)ウォークマン発売。
 井深大と共にソニーを世界企業に育て上げ、井深の技術的発想を実現すると共にソニーの発展を第一として活動、技術者出身ながら営業の第一線にあり、トランジスタラジオ、ウォークマン等を世界に売り込んだ。盛田の最大の能力は、資金調達にこそ見られる。松下などに比べ、その規模で、はるかに劣る当時のソニーが、技術開発の資金を調達することは、並大抵の努力では出来なかったことは想像に難くない。しかし、盛田は見事にそれをやりぬき、トリニトロンの商品化を実現する。


◆ 2013.01.26放送 月刊寺島実郎の世界「県民幸福ランキング」

木村>  今回は、「県民幸福度ランキング」ついてお話を伺います。
今回のお話は、昨年12月に出版された『日本でいちばんいい県 都道府県別県民幸福度ランキング』という本をテーマに取り上げてお話を伺いますが、これは寺島さんが監修されたのですね。

寺島>  一般財団法人日本総合研究所が主体となって分析して、コンピューター会社のユニシス総合研究所が協力してくれた形で出版しました。この本については少し説明を要するのですが、先ず、いま日本の低迷や、世界で後塵を拝しつつある空気の中で、私は知的セクターの劣化で高学歴の人が胸を張って生活をしていくことがいかにこの国で難しくなっているかについて、少し前段の話をしておきたいと思います。
これはどのような意味かというと、私はシンクタンクを率いているので実感するのですが、かつて、大学院を卒業して博士号や修士号を取った人が高学歴を活かして堂々と仕事をしていく分野は、エンジニア、シンクタンク、大学の教員、研究者になることが一つの夢であったり、そのようなことに立ち向かっている人が非常に多かったのです。しかし、昨年の数字をみてみると、日本で9万6千人の人が昨年、修士博士号を取って大学院を卒業したのですが、その内の2万4千人は無業者です。つまり、仕事に就けないということです。更に、3万人が仕事に就いたとしても非常勤や非正規雇用ですから、仮にざっくりと言って10万人が大学院を卒業してもその内の5万人程度しか安定した職業に就くことができない状況であることに注目する必要があります。
次に、シンクタンクについてですが、かつては金融系シンクタンク、◯◯研究所等が沢山ありましたが、金融の合従連衡の中でどんどん絞られていきました。大学も教官の募集は、非常に厳しくなってきていて、なかなかそのような仕事にありつけず大学院を卒業して博士号を取ればなれるということではなくなってきているのです。野村総合研究所も、以前、鎌倉にあった研究部隊を全部圧縮して、株式会社にした以上は利益責任が残りますから野村コンピューターシステムという会社と合併させ、ソフトウエアの開発会社になったのです。分り易く言うと、シンクタンクにおいても冬の時代に入っているということです。
そのような中で、私は日本総合研究所を率いていますが、昨年、公益法人にするか、一般財団法人にするかという選択肢があって、より官公庁の縛りの緩やかな一般財団法人を選択しました。何故かというと、シンクタンクの社会的役割をしっかりと立てていかなければならないと思うからです。つまり、官庁から受託研究を受けて、その受託研究を行なう場としてのシンクタンクという限界を突き破って、むしろ主体的に自分たちの頭を使った仕事を創造していくのです。実は、その試みの一つとして官公庁から仕事をもらう研究所としてではなくて、逆に行政を評価していく側のシンクタンクに育てていかなければならないと思う気持ちがあるために、最初の第一歩になりますが、いったいどこの県に住むことが県民として幸福なのかという仮説の元に分析をしてみた結果が、この『日本でいちばんいい県 都道府県別県民幸福度ランキング』(東洋経済新報社出版)という本になったことを理解して頂きたいのです。

木村> その際、幸せ=幸福度は、いったい何を以って幸福とするのかがとても難しいですね。

寺島>  世界ではブータンが一番幸せな国になりましたが、その種の分析は沢山あって、例えば、OECD(=経済開発協力機構)もベター・ライフ・インディケーション(=よりよい暮らし指標Better Life Indication)を発表しています。そうすると、だいたいデンマークが必ず上位にきます。何故かというと、食糧自給率が高くて安定しているからです。そのようなことが幸福であるという価値観のもとになっているのですが、木村さんがいまおっしゃったように、幸福はかなり主観的な問題で、例えば、誰が何と言おうが私は幸福だと思っている人もいるわけです。
このように、客観的な指標はあり得ないというところもあるのですが、少なくとも人間が幸福でいるための最低限度の条件として(内的要因の心の持ち方によって人間は幸福だというところは置いておいて)、より多くの人が最大多数の最大幸福という言い方がありますが、少なくとも幸福のための条件として、例えば、行政では、その辺りを配慮しなければならないだろうというファンダメンタル(=fundamental基礎的事項)に近いような指標をいろいろ議論してみて55の指標を選びました。しかもこの指標は継続的に確認できる指標でなければならなくて、すべての都道府県に共通して当てはまる指標でなければフェアではないから悩ましいのですが、ぎりぎり基本指標が5つ、例えば、人口増加率が多いほうが低いよりはいいだろうというものと、一人当たりの県民所得がより豊かなほうがよいというものと、選挙投票率、食糧自給率、県の財政の健全度等、このようなファンダメンタルな指標を5つと、5分野に関わる5つずつの資料として健康、文化、仕事、生活、教育に関する指標を選び出して頭を絞って全体で55の指標を対比分析して指標化してコンピューターを回してランキングをつけたのです。ただし、ここでお断りしておきたいのは、ブータンのような、産業がなくても一人一人の人間が幸せだと感じていればよいという考え方ではなくて、近代主義者としての私は近代性をもって指標の中に入れ込んでおかなければならないと思っているのです。
例えば、県民所得が多ければ幸福だとは言えないという議論をすればそれだけで延々と続く話になりますが、やはり、そのような指標は大事だと思います。
さらに、少しひねった指標としては、持ち家比率が高い県は幸せだという考え方があって、「何故、持ち家でなければならないか? レント(=Rent賃貸)だってよいではないか」というように、毎月家を借りていても不幸とは言えないという議論も大いに有りうるとは思いますが、総じて、腹を括って言えば、しっかりと自分の持ち家で家族を養って生活の基盤を構築している指標が高い県は安定度が高い良い県だと言えるだろうということで、そのような指標だけを選び出していくと北陸の県などが上位に上がってきます。

木村>  これまで各県の幸福度で、よく北陸の富山県、石川県が出ましたね。

寺島>  今回も、なんだかんだ言っても結果の話で申し上げると、幸福度が高いと思われる県の10県の中に、北陸の県が入ってきます。ただし、結論的に言うと、1位は長野県です。2位が東京都で、やはり、県民所得の問題や財政の健全度、或いは、文化の指標等を入れていくと東京のような文化が集積しているような所に幸福感があるというランキングになってしまったのです。
そのような面で、大まかに言うと、1位が長野県、2位が東京都、3位が福井県、4位が富山県、5位に滋賀県がきて、山口、神奈川、鳥取、石川で、10位が岐阜県となりトップテンとなります。甚だ話しにくいのですが、最下位が沖縄県で、四国に続き高知県が46位です。45位が青森県、44位が宮城県、43位が徳島県、42位が大阪府、41位が愛媛県となっています。問題なのは、「けしからん。何故私の県が正当に評価されていないのだ」というお怒りはお怒りとして尤もながら、よく直視して頂いて、これは一年で終わる分析ではなく、私としてはこの本の活用の仕方として、どの指標をどのように改善していくことが地域の幸福をつくることに繋がるのかという刺激剤として受け止めてもらいたいのです。私はほとんどの各県知事に本をお送りして、それぞれがどのように受け止めるのか、いま反応を得ながら、我々自身のそれを正直に受け止めて、考え直していこうということでそれを一つの物事を議論する土台にしていくために行なっているわけで、面白おかしく話をしているだけで終わらせようとは思っていません。
しかも、若い人たちにおいて、最近、UターンやIターンという言葉をよく聞かますが、自分が育った地域であろうが、自分が興味のある地域であろうが、日本の、ある地域社会に参入していき、そこを支える人生設計図を描くことは非常に意味があることで、私はいまBS12chの放送で『就職を機に世界と人生を考える!』という番組に出演し、「ワークプレイスメント」という就業体験を現場で行なうチャンスを広げる活動を行なったりしていていますが、それは、地域に向き合うことを若者の選択肢として大いに考えてもらいたいからなのです。
そのような意図もあって、この本をみながら自分が育った県がいったいどのような所に位置づけられているのか、それが納得いくものなのか、納得いかないものなのか、もしも、納得いかないのであればどうしたらよいのか。つまり、このような種類のものは、分析結果からどのように展開していくのかが非常に重要なことだと思います。そのような形で受け止めてもらいたいのです。

木村>  その展開というものの中には、ここから冷静に自分が住んでいる地域の課題は何かということもそこで見つけ出していく、それを自分で考えていくような触媒にして、それを刺激的に活用するのですね。

寺島>  本当にこれは刺激剤ですね。

木村>  因みに、トップの長野県は、何故それだけ順位が高くなったのでしょうか。

寺島>  これは簡単には言えないのですが、一つは教育に関する指標が高いのです。更に、いろいろな意味において文化度も結構高くて、健康に関する類の指標等、産業や仕事に関する部分では必ずしもトップではないのですが、そのような意味合いにおいて健康、文化、教育にしっかりした基盤を持っていることなのだと思います。

木村>  そのような意味においては、類書、他にも同様な分析があるようですが、他のものと何が違うのかということで企画としても重要な、面白いという部分で我々が学ぶことがありそうだと感じますね。

寺島>  この本の中に、「世界の幸福度ランキング」という一章を設けて、そのような分析の時に何を重視してこのようなランキングになったのかという内容も出ているので参考にしてもらいたいと思います。

木村>  後半のお話では、もう少しこの「県民幸福度ランキング」に目を向けた、いま世界の中でそれはどのような意味を持つのかという部分を是非伺いたいと思います。

<後半>

木村>  前半のお話で、今回、寺島さんが監修された本、『日本でいちばんいい県都道府県別県民幸福度ランキング』に込められている思想、或いは、基礎的に何に我々が目を向けるべきなのかについては、とても腑に落ちました。この世界の動きの中で、いま敢えて、地域というもの、地域社会というものに目を向ける意味なのですが、このことについてはどのようにお考えでしょうか。

寺島>  私は、以前から一つのキーワードとしてくどいほど申し上げている「グローカリティー」(相関)、つまり、ローカリティ―を深めていけば深めていくほど、グローバルなことに気づくとことになります。逆説的に聞こえるかもしれませんが、地域を深堀りしていけば世界に辿り着くのです。
例えば、私自身が多摩大学で学長をやっていますが、学生たちに多摩学という形で多摩地域を研究させています。そうすると、多摩という地域は世界の中のちっぽけな地域にすぎないけれども、多摩川相模川の間に挟まれているとイメージして、そこに根ざしているローカリティ―をどんどん掘り下げていく。すると、新撰組近藤勇土方歳三も多摩から出て、京都に出て新撰組を作って大暴れした事実に行きつきます。それは幕府の直轄領として多摩地域が存在して、武田騎馬武者隊を滅ぼした後、徳川家康は精強な武田の騎馬軍団を八王子にもってきて、八王子千人同心として置きました。つまり、普段はお百姓さんで、事ある時には治安活動できることで鍛えに鍛えて精強な武田の部隊をもって日光東照宮の警備等をやらせていたわけです。そのようなDNAが、幕府が傾いてくる頃にムラムラと盛り上がって、普段はお百姓さんで足腰を鍛えていて天然理心流というものが近藤勇の流派で、京都に出ていくような土壌になったのだろうというのがわかります。しかも、八王子千人同心が北海道開拓=蝦夷地開拓という形で1800年に蝦夷地へ100人行くことになりました。それは、ひたひたとロシアが接近してきて、蝦夷が危ないと東北雄藩に命じて警備を頼んでも、先ず、「隗より始めよ」で、幕府自身も自らやらざる得ない状況の中で旗本八万騎といっても鈍らになってしまって頼りにならないのです。

木村>  300年戦争をしなかったわけですからね。

寺島>  結局、八王子千人同心に白羽の矢が立って出て行きました。つまり、多摩を掘り下げれば掘り下げるほどロシアの接近という幕末維新史に近づいていくわけです。そして、ロシアは何故東に接近したのかという世界史に繋がっていきます。京都の歴史を掘り下げていても、福岡の歴史を掘り下げていても、勿論、長崎もそうですが、その歴史と世界史の繋がりがみえてくるのです。結局、ローカリティ―を極めることがグローバリティーに繋がる。そのような時に、地域に埋没していくのではなくて、地域を深堀りし、活力を与え、深めていくことによって世界に繋がっていくバネになるのです。
したがって、今回、県民幸福度の話から始まっていますが、地域における人間の幸せを考えていくうちに、当然のことながら日本全体のことも気になってくるし、更に、世界の中での自分たちの相対化という中で、それでもなおかつ、どんなにどんじりだろうが、自分はこの地域を愛していく決意や決断をするところにまで盛り上がってくるのです。それが地域に関わることで、まさに、復興などはそういうことになります。そのような中で、この本が地域・日本を考えるための第一歩として使われていくことになればよいと思っていて、来年も充実させていきたいのです。

木村>  いま、寺島さんが手に持ってお話になった、『日本でいちばんいい県都道府県別県民幸福度ランキング』という本の帯のところに「地域の幸福をどう創るか」と書いてあります。「創る」というのは、日本創世の創り出す、創造するという意味で、この本は私たちがそれに触発されて、どのように創る力を生み出せばよいのか、ある意味では活用できるかどうかが問われている本なのだと思います。そのように皆さんに読まれていけばという思いを強くしました。