富士山世界遺産登録。『経営者とは 稲盛和夫とその門下生たち』 (日経トップリーダー編)から何を学ぶのか。  

◆ 日本の象徴として知られる富士山が世界遺産に登録された。標高3776メートの富士山は、日本では文化的・宗教的にも価値が非常に高い山とされている。日本では富士山が17番目の世界遺産登録となる。

◆『経営者とは 稲盛和夫とその門下生たち』 (日経トップリーダー編)から  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822264491
 JALの再生により、再び脚光を浴びている、京セラ創業者の稲盛和夫氏。今日の本は氏が主宰し、数多くの経営者を輩出した「盛和塾」の教えをまとめた一冊です。本書によれば、
この塾に<生きた経営学を学ぼうと、これまで盛和塾には多くの経営者が門をくぐった。その中には現在の上場企業経営者も多く、ぴあの矢内廣、ワタベウェディングの渡部隆夫、平和堂の夏原平和、サカイ引越センターの田島治子、大戸屋ホールディングスの三森久実、ネクストの井上高志など、挙げればきりがないほどだ。かつて時代の寵児となった光通信の重田康光、またブックオフコーポレーションを創業した坂本孝ら著名経営者の面々も目立つ。今は退会したが、ソフトバンク社長の孫正義も一時期在籍したという>
 彼らは、一体何を盛和塾に求めたのか。それは、一言で言うと「フィロソフィー」である。そのフィロソフィーとは、具体的には<全従業員の物心両面の幸福を追求すること>に集約される。まさに、フィロソフィーを具現化したお話である。
<ポイント>
・会社という自転車は常に空中で浮いているのです。地上から少しのところで低迷しているのが中小企業であり、もっとこいで上がっていったのが、中堅企業、大企業です。中小企業の場合は、「もうこのへんでいいだろう」と思うから、そこにいるのです。
・欲の代わりにもう1つ、人間の心を動かし、リスクを冒してでも行動に出ようという別の動機があるのです。それは、心が大義を感じたときです。
・動機が我欲であれ大義であれ、事業を展開し、必死に打ち込んでいく行為の中で自己犠牲を払うという点は同じです。大きな成功には大きな自己犠牲が伴い、小さな成功には小さな自己犠牲が伴います。自己犠牲を厭う人は何をやってもうまくいきません。
・人の上に立つ人というのは、自分が犠牲を払ってでも、その集団のために貢献すべきであって、その人が己を愛することが一番になったのでは駄目。リーダーが自分というものを捨てなければ、集団を幸せに導くことはできませんと、南洲は一貫して無私の精神を説いています。
・『自分1人だけが幸せになるのではなく、周囲の人々と1つの集団を作り、その人たちを幸せにせよ』
・「経営の原点12ヵ条」とは
1.事業目的・意義を明確にする
2.具体的な目標を立てる
3.強烈な願望を心に抱く
4.誰にも負けない努力をする
5.売り上げは最大限に、経費は最小限に
6.値決めは経営
7.経営は強い意志で決まる
8.燃える闘魂
9.勇気を持ってことにあたる
10.常に創造的な仕事を行う
11.思いやりの心で誠実に
12.常に明るく前向きで、夢と希望を抱いて素直な心で経営する
・高い山に登ろうと思えば、そのための訓練をしなきゃいかん。計画を立て、体を鍛え、一緒に登る人にも登り方を教えなあかん。限りなく目標が高いと、やるべきことが違ってくるんや。
・「生まれたときの魂よりも、死ぬときの魂が『優しい心』『思いやりの心』『美しい心』になり、さらに立派な魂になっていくことが、人生の目的である──」
・「『足るを知る』という言葉に甘えて、あんたは楽をしようとしているだけだ」

(6月22日生まれの偉人)
◆広瀬 旭荘(ひろせ ぎょくそう、文化4年5月17日(1807年6月22日) - 文久3年8月17日(1863年9月29日))は江戸時代後期の儒学者漢詩人。
豊後国日田郡豆田町大分県日田市)の博多屋広瀬三郎右衛門(桃秋)の八男に生まれた。末弟で、兄に広瀬淡窓、広瀬久兵衛(この子孫の一人が知事の広瀬勝貞)らがいる。子に広瀬林外。旭荘は記憶力が抜群に良く、師亀井昭陽に「活字典」といわれた。また交遊を好み、各地に多く旅をした。勤王の志士との交わりも知られ、蘭学者も多くその門を訪れている。
 詩作にすぐれ、詩文の指導には規範を強いず、個性を尊重した。淡窓が平明な詩を作ったのに対し,旭荘は感情の起伏の激しい、才気横溢した詩を多く残している。旭荘の詩を評して、斉藤松堂は「構想は泉が湧き、潮が打ち上げる様、字句は、球が坂をころげ、馬が駆け降りる様。雲が踊り、風が木の葉を舞上げる様だ」と言い、清代末期の儒者、兪曲園は「東国詩人の冠」と評している。
◆坪内 逍遥(つぼうち しょうよう、旧字体:坪內逍遙、1859年6月22日(安政6年5月22日)- 1935年(昭和10年)2月28日)は主に明治時代に活躍した日本の小説家、評論家、翻訳家、劇作家。代表作に『小説神髄』『当世書生気質』およびシェイクスピア全集の翻訳。本名は坪内 雄蔵(つぼうち ゆうぞう)。別号に春のやおぼろ、春のや主人など。俳句も詠んだ。
◆山本 周五郎(やまもと しゅうごろう、1903年明治36年)6月22日 - 1967年(昭和42年)2月14日)は、日本の小説家。本名、清水三十六(しみず さとむ)。作風は時代小説、特に市井に生きる庶民や名も無き流れ者を描いた作品で本領を示す。また伊達騒動に材を求めた『樅ノ木は残った』や、由井正雪を主人公とした『正雪記』などの歴史小説にも優れたものがある。山本の小説に登場する人物は、辛酸を嘗め尽くし、志半ばで力尽きてしまうものが少なくないが、かれらに、生きる上でのヒントとなる、含蓄のある台詞を吐かせる、というのも山本の作風である。『日本婦道記』で第17回直木賞に推されるも辞退し、直木賞史上唯一の授賞決定後の辞退者となった、直木賞を受賞辞退した裏には、一説に賞を主催する文藝春秋菊池寛との不和が挙げられる。
◆堀越 二郎(ほりこし じろう、1903年6月22日 - 1982年1月11日)は、日本の航空技術者。位階は従四位。勲等は勲三等。学位は工学博士(東京大学・1965年)。零戦の設計者として有名。新三菱重工業株式会社参与、東京大学宇宙航空研究所講師、防衛大学校教授、日本大学生産工学部教授などを歴任した。


<昨年の今日>http://d.hatena.ne.jp/ks9215/20120622