シリアの内戦

 ニュースをみると、中東のシリアで内戦状態がひどくなっている。シリア情勢について米欧日マスコミは、エジプト型の市民の反政府デモを、アサド政権の軍隊が弾圧して死者が出ているという論調で報じている。だが実際は、カタールサウジアラビア、トルコ、欧米によって支援されて武装したイスラム主義の民兵団が、各所でシリア軍と戦闘しており、事態は「内戦」だ。
 市民の世論は、親政府派と反政府派に2分されている。カタールの機関が昨年末に行ったネット上の世論調査によると、シリア人の55%がアサド大統領
を支持し、45%がアサドは辞めるべきだと答えている。シリア市民のデモは、反政府と親政府の両方が行われている。市民の死者が増えているが、多くは、政府軍と反政府ゲリラ軍との戦闘の巻き添えになって死んだと考えられる。
 アサドが辞めるべきかどうかはアラブ全体で決めることでなく、シリア人が決めることだ。シリアの世論調査では55%がアサド続投を支持し、45%が辞任すべきと答えた。
 アラブ諸国で作るアラブ連盟は、昨年末から1カ月間、シリアに160人の調査団を派遣し、シリア軍が市民を弾圧していないかどうか調査し、報告書を
作った。これは、一昨年にシリアで蜂起が始まって以来の、最も本格的なシリア情勢の報告書である。それによると、シリアでは政府支持と反政府の両方の
デモが行われ、双方のデモの参加者が衝突して小競り合いになることがあったものの、政府軍がデモを弾圧していることを確認できなかった。半面、反政府
ゲリラがシリア兵を殺害しているとか、反政府ゲリラが市街地に拠点を持っているシリア中部の都市ホムスでは、ゲリラが検問所を作って町に搬入される途
中の食料を止めており、食糧不足になっていると書いている。シリアの反政府ゲリラを強く支援し、アサド政権の転覆を狙うカタールは「シリア軍が市民のデモを弾圧していることが確認できなかった」とする報告書の内容を認めるわけにいかなかった。欧米マスコミが報じるような「シリア軍が市民のデモを弾圧していた」という内容である必要があった。カタールは、ちょうど輪番制のアラブ連盟の議長国であり、報告書の英訳を禁じたり、アラブ連盟のウェブサイトへの掲出を阻止したりして、報告書が広報されることを防いだ。結局、報告書は米国のマスコミにリークされ、英訳され報道された。
 もしシリアでアサド政権が転覆され、その後GCC寄りのスンニ派イスラム主義の政権ができて、シリアが反イランに転向すると、新生シリアはとなりの
イラクスンニ派ゲリラを支援し、イラクスンニ派シーア派の内戦に陥らせることができる。イラクはこのままだと、スンニ派が弱いまま、親イランの
シーア派の政権で安定し、イラクはイランの傘下で大産油国になり、ペルシャ湾岸でのイランの台頭に拍車がかかる。シリアを政権転覆して反イランに転じ
させれば、イラクを内戦に陥らせて弱体化でき、イランの台頭を防げる。シリアの政権転覆をめぐる闘いは、実はイランとの闘いである。
 NATOとGCCがアサド敵視である半面、イラン、レバノン、ロシア、中国は、アサドを支持している。いずれもイランと親しい国だ。ロシア海軍はシ
リアの軍港を、地中海の大事な拠点として租借している。中国はイランやイラクから安定的に石油を調達したいので、シリアの政権転覆を好まない。ロシア
と中国は、昨年10月と今年2月の二度にわたって、国連安保理NATOとGCCが企図するシリア政権転覆につながる制裁案を、拒否権を発動して葬り
去っている。NATOとGCCは、国連のお墨付きを得てシリアを政権転覆することができなくなったが、国連と関係なくシリアを空爆して反政府ゲリラを軍事的に支援し、政権転覆を誘発する「リビア方式」が、まだ残っている。しかし詳細に見ると、リビア方式をシリアでやるのは難しいとわかる。米国は今年、微妙な選挙年であり、オバマは新たな戦争をやりたくない。しかも米政府は軍事費削減の真っ最中だ。NATOリビア空爆を主導したのは、米国でなく英仏だったが、フランスは最近「アルメニア人虐殺」をめぐる言論弾圧法でトルコを激怒させており、英仏主導のシリア空爆案に、トルコは賛成しない。GCCは石油成金なので、黒幕になりたがるが直接の戦闘意欲がない。トルコはイランと協調する戦略であり、自らシリアに侵攻すると考えにくい。