『田中角栄流「生き抜くための智恵」全伝授』(小林吉弥著・ロング新書) に学ぶ

 今回の本は。最近何かと没後17年をを過ぎ、何かと待望論の強いあの田中角栄元首相のコミュニケーションスキルについて明かした1冊。本書を読んで、「なるほど、さすが一大派閥を築き上げただけのことはあるな」と深く納得しました。
<目次>
第1章 不動のリーダーシップを教える―17の鉄則
第2章 人生を転換するヒント―12の心得
第3章 人に好かれる・人が動く―16の極意
第4章 傑作選・田中角栄ちょっといい話
<ポイント>
1.「殺し文句」で相手の心を引き寄せる
 田中が大蔵大臣のころ、新幹線で当時の社会党の代議士と乗り合わせた。国会では丁々発止、ケンカ腰になることもある相手である。支援の労組幹部と一緒のその代議士を見つけた田中は自らツカツカと席に歩み寄り、こう言ったのだった。「まいった、まいった。予算委員会では、すっかリキミにうまいところを突かれたなあ。(労組幹部に向かって)彼がもし自民党にいたら、とっくの昔に大臣か党3役くらいはやっている人物だよ」
 後日、東京に戻ったこの代議士、このときの話が労組全体に知れわたり、「先生はホントはなかなかの人なんだ」と大いに株を上げたというのである。以後、この代議士は田中に頭が上がらなかった。
2.相手を「土俵の外」まで追い込まない
 田中の抗争における連戦連勝は知られたところだが、たとえ勝っても、決して負けた相手を「土俵の外」までは追い込まなかったことが特徴だった。なぜ、「土俵の外」まで追い込まなかったのか。田中の考え方は、これは銃弾飛び交う生死を分ける戦争ではなく、論争、意見対立にすぎない。それなら、相手に"余地"を残してやるべきとした。田中は、徹底的にこれを実践した。ために、抗争で打ち負かした相手とどこかで修復し、むしろその後の人脈拡大につなげることができたのである。
3.稚気を武器とする
 それなりの人物を観察していると、時折、オッと思うことがある。この人がと思うような稚気、すなわちちょっとした子供っぽい仕草を示すことでの"憎めぬ人物"の発見である。それでは田中角栄はといえば、もとよりこちらは稚気のカタマリのような人物でもあった。39歳で初入閣としての郵政大臣に就任した際、NHKラジオの「三つの歌」に出演、ノセられて浪曲天保水滸伝」をひとくさリウナッたため、「公共放送でヤクザ礼賛の浪曲とは何ごと!」と抗議が殺到。あやうく大臣のイスを棒に振りそうになったが、これは稚気としてむしろ国民には人気が出たのだった。
4.積極的に人と会う
 田中くらい、人と会うことをいとわなかった人物も珍しかった。とにかく、若いころから積極的に人に会った。それも、肩書、地位のある者たちだけでなく、利害損得まったく無関係、頼まれれば喜んで誰とでも会うという姿勢だった。
「連続して人に会い疲れて休んでいるとき、またお客さんが来ることがある。『わざわざ出向いてきたんだから』と、それでも会っていた。政治家は人に会うのが商売だが、私もここまではできなかった。『人と会うのが醍醐味になってこそ本物』と、よく諭されたものです」(中西啓介・元防衛庁長官
5.人の悪口を絶対に言わない
「1人の悪口を言えば、10人の敵をつくる。よほど信用している相手に『お前だけに言うが、じつはアイツは……』とやれば、1日たたないうちに政界に知らぬ者なしとなる。口は堅くなければならない。どうしても悪口を言いたければ、1人でトイレの中でやれ」
 田中角栄はよく、若い議員などにこう言い置くことが多かった。筆者が長く田中を取材して「すごい」と思ったのは、自民党議員、野党議員を問わず、名指しで相手の悪口を言った部分がひとつとして出てこなかったことにある。
6.何事も誠心誠意で手を抜かない
 当時の新潟3区の田中の後援会「越山会」幹部は、こう言って驚いた。「先生は呉服屋に反物を山のように持ってこさせ、『アイツはこれだ。こっちのほうが似合うか』などと言いながら、自分で色や柄を選んでいた。事前に、役人本人、奥さんの年齢、容姿などを調べたうえでというのが凄い。反物はもらっても、似合わなければ、ありがたみというものは半減する。なるほど、人に喜んでもらうには、ここまでしなければいけないのかと思い知らされたものです。やるときは何事も誠心誠意、手を抜かない。先生の人気の秘密がよくわかったものです」
7.「相手の経歴」を調べて暗記する
「大蔵大臣のときもそうだったが、若手の課長あたりと廊下ですれ違うと、『おう、○野△夫君。□月×日は結婚記念日じゃないのか。こんど一度、奥さんを連れて目白のほうに遊びに来いや』とヒョイとやる。そりゃあ、課長は悪い気はしない。面と向かって話をしたこともなかった大臣に突然フルネームで呼ばれ、なんと自分の結婚記念日まで知っているとはどういうことか。誰でも自分に興味を持っていてくれる人には親近感がわく。信頼されているのかとも思うのが人情です。大臣としての能力も抜群だったが、この手で田中が次々と省内に"ファン"を増やしていった側面が少なくない」(当時の大蔵省担当記者)
8.その他
●陳情は平均で3分、長くても5分でイエス、ノーを決断し、イエスの場合は、その場で秘書に電話をさせ、予算付けまで決定してしまった。
●内容の是非は別として、議員時代に自ら提案、成立させた議員立法は33本に及ぶそう。
●まだ駆け出し議員の頃に、東急グループの創設者である五島慶太氏から、その力量、経営能力を買われて「東急をやってみないか」と誘われたこともあるとのこと。
●何を話したいのか、まず話の冒頭で結論を示せ。と同時に、何を話そうとするのか話を1つか2つにしぼる。
●聞き手の自尊心をひたすらくすぐる。自分の自慢話、強がりはタブーだ。
●エピソード、比喩(たとえ話)を入れる。
●数字をはさむことを忘れない。ただし、しょっちゅう数字ばかりが出てきては聞き手がウンザリしてしまう。さりげなく、ときどきというのがミソだ。
●聞き手への問いかけ、同意を得ることを忘れてはいけない。