瀧本 哲史さんの著著「武器としての決断思考」「僕は君たちに武器を配りたい」から

 エンジェル投資家(海のものとも山のものともわからない会社に起業資金を提供する投資家)で京都大学客員准教授の瀧本哲史さん。瀧本さんは東大法学部を卒業後、すぐに助手となったが、法学研究の世界に飽き足らず、マッキンゼーに転職。3年で独立して、エンジェル投資家となったという経歴の持ち主だ。こんなバックグラウンドの人を客員とはいえ准教授で採用し、独自の講座「意志決定の授業」を任せるとは、京都大学も大したものだ。「僕は君たちに武器を配りたい」と「武器としての決断思考」は同じタイミングで出ている。京都大学で大人気講座だそうだ。
●学生が社会人の先輩から聞きたい情報が満載。瀧本さんはマッキンゼー時代に「エクスパートでなくプロフェッショナルにならなくてはダメだ」とよく言われていたそうだ。IT,英語、FT(Financial Technology)が、ビジネスマンの3種の神器だとよく言われる。しかし、それだけではエクスパートにしかなれない。これからの時代はエクスパートの価値は下落していく。プロフェッショナルを瀧本さんは次のように定義する。
 1.専門的な知識・経験に加えて、横断的な知識・経験を持っている
 2.それらをもとに、相手のニーズに合ったものを提供できる
 マッキンゼーが「われわれはトップマネジメントコンサルタントである」と標榜していたことは、まさに上記のことを言っている。物流、購買、人事、その他すべての企業活動に対する横断的な知識・経験をもとに、トップが決断するための手助けをする。経営者の立場に立って、経営者の代わりに考えるのだ。面白い例が挙げられている。電動ドリルが売れている状況を見て、「もっと高性能のドリルを売ろう」と考えるのがエクスパートで、もっと根本的なことまで考えて、「お客さんが欲しいのはドリルではなくて穴である」と考えるのがプロフェッショナルだそうだ。
 仏教には「自燈明」という言葉があるそうだ。お釈迦様が亡くなる時に、弟子たちがこれからは何を頼って生きていけばよいのかと聞かれて、「わしが死んだあとは、自分で考えて自分で決めろ。大事なことはすべて教えた。」と言われた。自ら明かりを燈(とも)せ。つまり自分の指針を持たなければいけない。これからは変化に対応できないことが最大のリスクとなる。だから、意思決定の方法を学んで、自分で道を切り開くことが、最大のリスクヘッジとなるのだ。この本は実社会を生きていくゲリラのような若者に、「武器」となる意思決定の方法を教えるものだ。
 スティーブン・コヴィーの「7つの習慣」で、中国のことわざとして紹介されている「人に魚を与えれば、1日食べられる。人に魚の釣り方を教えたら、一生食べられる」(筆者訳)と同じ考えだ。世の中には「正解」などない。意思決定の方法を学んで世の中の生き方を身につけるのだ。
 この本で瀧本さんが教える意思決定の方法は、議論を通じて「いまの最善解」を導きだす「ディベート思考」だ。議論によって意識的に違う視点、複数の視点を持ち込み、ぶつけ合うことで「いまの最善解」を出すことができる。瀧本さんは日本の会社で多い、結論の出ない会議はディベートとは言わない。ディベートで重要な点は次の通りだ。
 ★準備が8割
 ★誰が言ったかではなく、何を言ったか
 ★結論の内容以上に、結論に至る筋道が重要。前提が変われば、結論を変えればよい
 ★ブレないことに価値はない。ブレない生き方は、思考停止の生き方
 ★先送りというのは、「決断しないという大きな決断」
 ★ディベートはメリットとデメリットを比較して決める
 ★反論は「深く考える」ために必要なもの
 ★ディベートは、複数人でも一人でもできる
 ディベートで明らかになってくる正しい主張は次の3条件を満たすものだ。
 1.主張に根拠がある
 2.根拠が反論にさらされている
 3.根拠が反論に耐えた
 ディベート思考のコツは、事象をいくつかの要素に細分化して、具体的な問題にする下調べを行うことだ。たとえば、「結婚はいつしたらいいのか?」では議論にならない。「20代に結婚すべきか」のように具体的な問題まで落とし込むのだ。この本では「サッカーの日本代表がワールドカップで活躍するには何をすべきか?」という練習問題を使って、ディベート思考を紹介している。まずは思いつくまま要素を挙げていく。たとえば監督、選手、選手の選出方法、育成方法、ファン、マスコミ、競技施設、協会の運営など。そしてこのうちから重要と思われるものをいくつかピックアップして、優先順位をつける。この例では瀧本さんは、サンプルとして「監督の強化」、「選手の育成方法」、「協会の運営方法」を選んでディベートしているが、もちろん他の論点でもよい。「ドーハの悲劇」は、ある選手のロスタイム直前での攻め上がりが原因で生まれたが、なぜ時間稼ぎが必要なシーンで、わざわざ攻めたのか?選手は何を考え、監督は何を指導していたのか?日本のマスコミは「悲劇」をあおるだけで、問題の本質にメスをいれるような報道はほとんどなかったという。たしかに当時の映像を見ると、中東勢のように、終盤近くなると露骨に時間稼ぎをするという当たり前の戦法が、当時の全日本には全く見られないことがわかる。
 意思決定のツールとしての「情報収集術」が大事。ディベートで自分の主張を証明、補強するための証拠収集術のポイントは次の通りだ。
 ★マスメディア、ネットの情報を鵜呑みにしない。マスメディアの報道とは逆の意見を集める。
 ★日経新聞のニュースで投資すると、まず間違いなく損をする。みんなが知っていることにあわせて行動をとっていたのではダメ。
 瀧本さんは、あるゲーム会社の人気ソフトにバグがあったというニュースを聞き、株価が暴落した会社のコールセンターに電話して、バグの発生率が非常に低いことを確かめて投資したという。
 ★インタビューを行う時のポイントは次の3つ。
 1.すべての人は「ポジショントーク」(家を持っている人は、持家をすすめる)
 2.結論ではなく、理由(根拠)を聞く
 3.一般論ではなく、「例外」を聞く
 ★「海外はこうだから、日本もそうすべきだ」論者などへの反論の仕方
 1.資料の拡大解釈
 2.想定状況のズレ
 3.出典の不備
 4.無根拠な資料(専門家の言う「私の経験上…」)
 大学以降の人生では、情報に接したら、それが本当かどうかをまず疑ってくださいと瀧本さんは語る。本についても「読書は格闘技。」筆者の言っていることを咀嚼しながら読んでいくのだと。瀧本さんの結論は「自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていく」だ。

●日本の大手企業の有効求人倍率は0.5前後。大企業を目指す学生には狭い門となり、大手企業は軒並み数百倍の倍率で、エントリーシート提出さえ競争があるような状態だ。また、世の中には学生を食い物にしている企業もある。正社員というエサで釣って、社員を使い捨てする「ブラック企業」も居酒屋チェーン、IT産業や広告業界にある。また学生を狙った就活ビジネスも盛んだ。一方従業員100名以下の名の知られていない中小企業の求人倍率は4.5倍。むしろ学生の売り手市場だ。これらの企業の中には、将来大きく飛躍する企業もあるだろう。そんな就職環境の中で、瀧本さんは「寄らば大樹の陰」という思考ではなく、将来グーグルやアップルの地位を奪うような企業の一員となり、自らの手で夢を現実にしてほしいそうだ。あくまで生き抜くための考え方を教えるものだ。魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教えている。
 京都大学の医学部生がワーキングプア?最初に驚く話を紹介している。瀧本さんは京都大学で4年間「起業論」を講義しており、大きなテーマとして「大学を卒業後、どうやって自分の価値を、資本主義の中で高めていくか」を取り上げている。瀧本さんの講義は京大でも人気講座となっており、学部別の受講者を調べてみると、医学部の学生が一番多いことがわかった。京都大学医学部といえば、受験業界では東大理?(医学部)と並ぶ難関で、医者は高い報酬と社会的地位が得られる仕事の代表格だ。そんな京大医学部の学生がなぜ瀧本さんの授業を受けるのか?、学生にヒアリングしてみたところ、彼らが自分の将来に明確な不安を抱いていることが分かったという。「この国では将来医者になっても、幸せになれない」と感じているのだ。僻地はともかく、都市では医者は余っており、大病院の研修医の労働環境は厳しく、魔女狩りのような医療訴訟もある。毎日の激務と責任の重さには到底見合わない報酬。彼らは、「これからますます医者は買いたたかれる存在になっていく。これまでと同じような努力をしても報われそうにない」と気づいたのだという。そこで彼らは医者の勉強をキャリアに生かすため別の道を考えはじめた。京大医学部の学生の40%は瀧本さんの授業を受けているという。
 英語やIT、会計を勉強して年収が増えるか?昨今の自己啓発本のブームにより、英語やIT、会計を勉強して、資格試験に合格すれば、キャリアアップにつながり、年収が増える、幸せになれるというストーリーが繰り返し宣伝されている。しかし瀧本さんは英語やIT、会計を勉強して年収が増えた人がどれだけいたのだろう?と疑問を投げかけている。元々高学歴や語学教育に投資する余裕のある会社の社員の年収が高いことによる、疑似因果関係の可能性もあるという。
「儲かる漁師」の6タイプ 瀧本さんは「儲かる漁師」を整理すると次の6タイプだという。
1.トレーダー(商品を遠くまで運んで売ることができる人)
2.エキスパート(自分の専門性を高めて、高いスキルによって仕事をする人)
3.マーケター(商品に付加価値をつけて、市場にあわせて売ることができる人)
4.イノベーター(まったく新しい仕組みをイノベーションできる人)
5.リーダー(自分が起業家となり、みんなをマネージしてリーダーとして行動する人)
6.インベスター(投資家として市場に参加している人)
 このうち今後生き残っていくのがむずかしくなるのが、1のトレーダーと、2のエキスパートだ。トレーダーは、インターネットの普及で生産者が直接ネット販売できるようになったり、仕入れ条件、販売条件が公開されていくと活動できる余地が少なくなる。筆者自身がトレーダーだったから、このことはよくわかる。今やトレードで少しくらい儲けるよりも、「儲かる仕組み」を作り上げることが重要なのだ。だから商社もトレードで収益を上げるよりは、生産者なりディストリビューターなりに投資して、投資リターンで儲けるビジネスモデルに転換しつつある。トレードはなくなることはないが、どんどん重要性は落ちるだろう。エクスパートは、弁護士、公認会計士など「士」業の人たちが代表例だ。今や弁護士になっても、昔のイソ弁(事務所に入って、居候として働く弁護士)はいい方で、ノキ弁(軒先だけ借りる弁護士)、野良(ノラ)弁(弁護士事務所に入れず、必要な時に呼び出される弁護士)までいるそうだ。この本では成功報酬で敵対的買収専門の弁護士や、「クラスアクション」と呼ばれる消費者団体訴訟で儲ける弁護士などの例が紹介されている。公認会計士建築士も同じような状況だ。全産業のコモディティ化がどんどん進んでいるのだ。ホワイトカラーの仕事がコモディティ化している。生き残る方法は「唯一無二」の存在、スペシャルティを身に付けることだ。
 賃金が下がったのは派遣が増えたからではない。技術革新のせいだ。日本ではデフレ経済下、賃金が上がらないという状態が続いている。派遣労働者が増えたからだと「小泉・竹中路線」を批判する人がいるが、本当の理由は産業界の技術革新が進み、熟練工ではなく、コモディティ化した労働者を使っても高品質の製品がつくれるようになってきたからだ。この点が筆者が冒頭でこの本と「フラット化する世界」と対比して紹介している理由である。日本は「擦りあわせ製造業」と呼ばれ、汎用部品を組み合わせるのではなく、それぞれの部品の細かい仕様をカスタマイズして決め、組み合わせて最高の性能が出るようにすることがお家芸だった。代表的な例が、自動車のドアだ。日本車のドアは音にこだわり、占めるときにバスンという感じで、ドアがぴったりはまる。実際ドアと車体の隙間も小さい。部品の整合を究極まで突き止めているからだ。これに対してアメ車などは、ドアと車体の隙間が1センチくらいあり、ドアを閉めるとガシャという金属音がして感じが悪い。しかしドアの閉まる音にこだわりを持つ人は少ない。ガシャでも閉まっていればよいのだ。かつて日産は「100分の1の技術から1000分の1の技術へ」というキャッチフレーズで、自社の技術力の高さを売り物にして、「技術のニッサン」と呼んでいた。しかし、この差をわかる人は少なく、色がたくさん選べることのほうがニッサンマーチが売れる理由となった。
 1のトレーダー、2のエクスパートは縮小するが、3のマーケター、4のイノベーター、5のリーダー、6のインベスターについては、今後延びる職業として瀧本さんはそれぞれ1章を充てて説明している。
 イノベーター型の起業家を目指すならTTP。大ヒット商品はいろいろな技術の組み合わせでできたものが多い。たとえばソニーウォークマンは、カセット再生機とステレオイヤホンを組み合わせて小型化したものだ。任天堂DSもWIIも「枯れた技術の組み合わせ」だという。イノベーター型起業家を目指すなら、特定分野の専門家になるよりも、いろいろな技術を知って、それの組み合わせを考える方が大切だ。TPPならぬTTP(徹底的にパクる)のだと。イノベーションの発想術も実はそう難しくはない。ある業界で「常識」とされていることを書き出し、ことごとくその反対のことを検討してみればよいと瀧本さんは言う。たとえば車は大人が買うものだから、こどもをお客にできないか?とかだ。
 スティーブ・バルマーは 地獄に叩き落とすリーダー。マイクロソフトスティーブ・バルマーは、ハーバード大学ビル・ゲイツと同じ学生寮の同じ部屋に住んでいて、卒業後P&Gに就職して順調に出世し、スタンフォードでMBAを取ろうとしていたところを、ビル・ゲイツ口説き落された。「コンピューターが世界を変えようとしているときに、石鹸なんか売っている場合じゃない。おれと一緒にやろうよ」。中退してマイクロソフトに入った。「ビルが天国を語り、スティーブが地獄に叩き落とす」という比喩でよく知られる人物であるという。マイクロソフトがここまで大きくなったのは、理想の姿を実現するために、必要な企業活動を猛スピードで実行し、競合を叩き潰してきたからだ。マイクロソフトに入社するには、とびきり頭がよくなくてはならないことは、「ビル・ゲイツの面接試験」で紹介した通りだ。そんなとびきり優秀な人たちを馬車馬のように使うのがスティーブ・バルマーの凄いところだ。エネルギッシュで、マイクロソフトの役員がグーグルに引き抜かれそうになった時には、会議で椅子を投げつけたという逸話もある。"Steve Balmer Crazy"で検索すると、YouTubeにもいくつか映像が載っている。こんな感じでプロレスラーのように登場するのだ。こういうとんでもない人がいるからこそ、マイクロソフトはあれだけの企業になったのだと瀧本さんは語る。
 カルロス・ゴーンは宗教的指導者だと。優れた経営者は宗教の教祖に近いところがあるからだ。カルロス・ゴーンニッサンの社長就任演説で「私は結果を出すために来ました。リーダーにはコミットメントが必要です。結果を出すことができなかったら、私はこの会社を辞めます」と宣言した。半信半疑だったニッサンの社員は、これで「この社長を信じてみよう」と従った。優れたリーダーには「自分はすごい」という勘違いが必要なのだと。そういう宗教家のような確信に満ちた態度がなければ、先導していくことはできない。その意味では瀧本さんが見たところ、最近の政治家の中では小泉純一郎元総理が一番リーダーの素質を持っていたという。とんでもない発言をしているのだが、一般大衆はああいったわかりやすい言葉を歯切れよく語る指導者についていくものなのだ。「すばらしい人」が大きなことを成し遂げたことはほとんどない。歴史に名を残すリーダーはみなある種の「狂気の人」なのだと。
 Room to Readのジョン・ウッドは体育会系。"Room to Read"代表のジョン・ウッドは、瀧本さんによると現在世界で最も成功している社会起業家だという。"Room to Read"の会議はほとんど企業の営業ミーティングと同じだという。寄付が目標に達していなければ、厳しく糾弾される。反対に目標に達していれば、「さあ、みんなで拍手しましょう」というノリで運営されているのだ。「メンバーのやる気が足りないのですが、どうしたらよいでしょうか?」と聞かれた時には、「簡単なことだ。自分自身が結果を出し続ければよい。リーダーが結果を出せばみんなついてくる。あなたが結果を出していないからダメなんだ。まずは結果を出してください」と答えたという。まさに体育会系の思考法である。講演では、「上司、部下、周りの人、メディアに『ルーム・トゥ・リードに寄付しないのはおかしいじゃないか』と呼びかけてくれ」と必ず聴衆に言うのだと。
 人格破綻者 スティーブ・ジョッブス。アップルのCEOだったスティーブ・ジョッブスは、今でこそカリスマ経営者として称賛されているが、実態はとんでもない人物だと瀧本さんは語る。「現実歪曲フィールド」がスティーブの中に内蔵されており、昨日批判した部下の意見を、今日はまるで最初から自分の意見だったかのようにいうこともよくあるという。まさに絶対に上司に持ちたくない人物の典型だ。
「女子会」はリクルートが「L25」でつくった。東京に住む若い人は年収300〜400万円。これでは自宅に住んでいないと、お金は貯まらない。男性は食事に行っても、女性の分まで払うので、男性は余裕がない。そこでリクルートが目をつけたのが、東京で働く自宅通勤の女性で、女性にお金を使わせる方法が「女子会」だったのだ。若い女性を「L25」で集めて、「ホットペッパー」のクーポンでお店に誘導して、お金を使ってもらうという
 瀧本さんの友人が早稲田大学でスピーチをすることになった時に、事前にリサーチしたら、女子学生の1/3が「一般職で就職し、職場の男性と早く結婚して、寿退社する」というシナリオを考えているというので、その友人は「君たちは現状が全く分かっていない」といさめたという。ずっと健康な男はいないし、絶対に潰れない会社もない。夫に自分の人生のすべてを賭けるということは、他人に自分の人生のリスクを100%ゆだねることで、それほど危険なことはない。さらに早稲田大学という狭いマーケットの中では、ちやほやされていても、「お嫁さんマーケット」には「女子力」の高い女子がたくさんいる。高学歴女性が「御嬢さんマーケット」で勝負できると思うのは、非常にリスキーな選択なのだ。
 若者を奴隷にする会社。中小企業でブラック化するパターンに多いのが、「カン違いカリスマ社長が君臨し、イエスマンだけが役員に残り、社員はみな奴隷」という構図だという。このブログでも紹介した某社長がまさに典型的な例なのだろう。どのような会社に就職すべきか。良く聞かれるこの質問に瀧本さんは次のように答えているという。高級ホテルのマリオットチェーンは、ホテルのマネージャー「従業員に対してお客様のように接しなさい。そうすれば従業員はあなたが接したように、お客様に接するでしょう」と教えているという。つまり従業員を大切にする会社は、お客も大切にする会社なのである。だから企業を見極めるポイントは、「お客さんを大切にしているか」だ。顧客を大事にしている会社は従業員も大切にする。
 日経新聞を信じるな。数年前国がまだ納税額による長者番付を発表していた時に、サラリーマンが100億円の年俸をもらっていると有名になったことがある。しかしあの証券会社の運営部長は実はその会社のオーナーで、役員にボーナスを出すと個人の所得税法人税がかかるので、節税対策としてオーナーである自分を従業員として、従業員の賞与して支給したのだ。当時この事実を報道したメディアは一社もない。中には気がついていた記者もいたかもしれないが、彼らは「サラリーマンでも高報酬」というストーリーのほうがウケが良いから、見て見ぬふりをしていたのだ。「日経新聞くらい読んでおかないと恥ずかしい」と新入社員の時からたたきこまれるが、情報源として日経を読んでも、そこに書いてあることを信じるなということだ。
 みんなの知らない情報をもとに投資すれば確実に儲かる。しかし公開株式取引においてはインサイダー取引として厳しく禁じられている。そうであれば、株式投資ではない形で投資するのだ。社員になることが一つだし、経営陣の一員となったり、株式公開前に投資することも一法だ。この会社は将来伸びるに違いないと思ったら、自分の労働力、時間、人間関係を投資するのだ。日本でも零細な企業同士が、お互いを見込んで大きくビジネスを伸ばした例があるという。現在は物流の最大手企業となった某社は(たぶんこのブログで「小倉昌男経営学」を紹介したヤマト運輸?)、伝票などの印刷をすべて系列の印刷会社に発注している。その印刷会社はもともと京都にある町の小さな印刷所だったが、数十年前某社がまだトラック数台の規模だった時に、社長がたまたま京都に立ち寄った際に名刺を切らしてしまい、その印刷所に頼んだのがきっかけだった。急な注文にも嫌な顔一つせず、注文通りの名刺をすぐ印刷してくれたので、それかららすべての印刷物を頼むようになったという。その物流会社が大きくなるにつれ、印刷会社も規模を拡大して、現在では2,000人近い社員を雇うようになった。ある会社や個人が逆境にあるときこそ、投資を検討するまたとないチャンスだと瀧本さんは語る。実際、瀧本さんは逆境にあり、みんなが連絡を取らなくなるような人に投資して成功してきたという。この手の話は結構多い。たとえばトヨタでさえ、昭和20年代には労働争議が起こって、一時は倒産しそうになった。その時に手を引いたサプライヤーは、何十年経っても取引ができなかった。人は苦しいときに助けてくれた人のことを忘れない。そのことは、今も昔も変わらないのだ。
 瀧本さんはハーレーダヴィッドソンのバイクを信者ビジネスと呼んでいる。エコの時代にあれだけ燃費の悪いバイクを買う人の心は、興味のない人には理解できないという。しかしハーレーファンにはハーレー以外は乗り物でなく、もはや宗教に近いレベルだ。信者ビジネスで参考になるのは、ホリエモンのビジネスだという。ホリエモンは起業してウェブサイト制作を行った後、オークション、オンライン証券、データセンター、ブログなど様々なビジネスを立ち上げるが、どれもデファックトスタンダードは取れなかった。(ウェブサイト制作をやっていた時代の話は、このブログで紹介したサイバーエージェント藤田晋さんの「渋谷ではたらく社長の告白」に出てくる)そこでホリエモンはビジネスモデルを変え、遅れた層向けに(ネットスラングでDQN=ドキュンと呼ぶらしい)サービスではなく、彼自身の会社を売ることにしたのだという。たしかに”ライブドア”は”オン・ザ・エッジ”と呼んでいたホリエモンの会社が買収して、その社名に変えたのだった。彼自身が有名人となりマスコミに取り上げられることが、彼の会社のサービスの最大の宣伝となっていたのだ。このブログにも当時の名残で、ホリエモンの本を何冊も紹介し、11番目のカテゴリーとして”ホリエモン”を設けているくらいだ。ホリエモン自身が広告塔となり、自社株をどんどん分割して、ホリエモンの言葉を借りりると”小中学生がお小遣いで買える”ようにしていたことを思い出す。なるほどと思う瀧本さんの指摘だ。
 最後に瀧本さんは、自由人の勉強としてリベラルアーツ、つまり哲学、芸術や歴史、文学、自然科学などの教養を学ぶことの重要性を強調している。幅広い学問領域を横断的に学ぶことで、「物事を様々な角度から批判的に考える能力」、「問題を発見し解決する能力」、「多様な人々とコミュニケーションする能力」、「深い人格と優れた身体能力」が身につけられる。リベラル・アーツで学ぶ基礎的な教養が、社会に出ても役に立つ。成功している俳優は、きちんとした大学を出ている人が多い。たとえば「ハリー・ポッター」シリーズのヒロインのエマ・ワトソンは、名門ブラウン大学の学生だが、彼女は自分の出演料を成功報酬にしたために、20歳にして20億円もの資産を持つようになったという。逆にスポーツ選手などでは、一世を風靡しながら、晩年は一文無しになっている人もいる。リベラル・アーツが人間を自由にするための学問であるのに対し「英語、IT,会計知識」の勉強は、あくまで人に使われるための知識であり、「奴隷の学問」なのだと。この本で瀧本さんが「奴隷の学問」とはいっていても、「英語、IT、会計知識」が不要であると言っているわけではない。教養を軽視する傾向がある大学生に(筆者も学生時代はその傾向があった。教養学部時代は特に目的意識を持たずに漫然と過ごしていたという反省がある)、教養の重要さを強調しているということだろう。瀧本さんは小中学生の時に読んだ「君たちはどう生きるか」に影響を受けたそうだ。