久しぶりに旅したいものである。山陰の小京都・山口県萩市。

 ゴールデンウィークが終わり、静かに旅したいものである。無理は承知ながら、変人かな?
 山口県萩市。山陰の小京都といわれ、言われる毛利家36万石の城下町として栄えた町。萩といえば、吉田松陰高杉晋作、木戸孝充など幕末から明治にかけて明治維新の原動力となった薩摩と並ぶ長州藩の志士達が育ったところでもある。その古い町並みが今もあちらこちらに残っている。そして、日本海に面した萩は漁業が盛んな港町としても有名。最近は高校生の修学旅行も海外に行ってしまい、最近は少ないようだが、隣接する島根県津和野町とあわせて、「萩・津和野」は観光スポットであった。30年間前はアンノン族のメッカであった。
 江戸時代に作られた萩市内の古地図が、今も使えるほど、昔の士族の集落がそのまま今日に続いている珍しいまちである。「萩まちじゅう博物館」街全体が博物館になっているようである。萩は、たくさんの文化財をはじめ、「まちじゅう」に豊かな文化や歴史、自然の「おたから」があります。その、文化やおたから、それにまつわる物語をまとめたクイズ形式の問題集「ものしり博士」をもちながら、萩市内に答えを探す。萩焼は「萩の七化け」といわれるが、萩焼は吸水性が高く、使われるごとに色が変化していくことをしる。明治時代に士族が没落して、生計を立てるために夏ミカンの生産に取り組んできた。別名「夏ダイダイ」といわれるが、「橙」=「代々」に通ずる。この夏ミカンはすてるところがなく、皮はマーマレードやお菓子に使われている。萩は伝統・文化と歴史のある町である。都内の津和野町には西周森鴎外という哲学者と医学者という偉人が生まれた場所である。盆地の津和野という小藩に世界をみていた人物がいたことも驚く。