安倍自民党は民主党に対峙できるのであろうか。

<今日のニュース>
自民党総裁選で安倍新総裁。石破さんを決選投票で破る。

<9月26日生まれの偉人>
◆大久保 利通(おおくぼ としみち、文政13年8月10日(1830年9月26日) - 明治11年1878年)5月14日)は、日本の武士(薩摩藩士)、政治家。明治維新の元勲であり、西郷隆盛木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称される。また維新の十傑の1人でもある。
 小松帯刀とともに、島津久光の側近として藩政改革を推進。幕末の京都政局では、久光を擁立して、公家の岩倉具視と協調。一橋慶喜将軍後見職福井藩松平慶永政事総裁職就任などを実現。また、宮中世論の操作、王政復古のネゴシエートなどを行い、西郷隆盛と両車輪となり、倒幕を推し進める。明治維新後は、参議に就任。版籍奉還廃藩置県などを行い、中央集権体制を確立すべく豪腕を振るう。盟友だった西郷隆盛とは、征韓論で対立(明治6年)。西郷らを失脚させることで、初代内務卿に就任。結果的に政権内での実権を掌握することとなる。明治7年の佐賀の乱では、臨時司法権を持って直接鎮圧。西南戦争でも、やはり政府軍の総指揮を担当。故郷である薩摩藩の武力鎮圧を行う。明治11年、石川県士族の島田一郎らにより紀尾井坂(東京都千代田区紀尾井町)にて暗殺された。
 ●エピソード
  ・孫娘の雪子は吉田茂(第45代・第48代・第49代・第50代・第51代内閣総理大臣)に嫁ぐ。
  ・尊敬する人物は徳川家康である。
 名言
  ・「為政清明」いせいせいめい、と読む。政治(まつりごと)をするには、清くかつ明瞭でなけれ   ばならない。
  ・「この難を逃げ候こと 本懐にあらず」
  ・「今日のままにして瓦解せんよりは、むしろ大英断に出て、瓦解いたしたらんにしかず」廃藩置   県という、劇薬ともいえる政策を導入する際に残した言葉。