最低賃金 5都道県で“逆転現象”。

厚労省最低賃金で働く人の手取り収入が生活保護費を下回る地域を発表した。逆転現象がおきているのは北海道・宮城・東京・兵庫・広島で逆転現象は再び増加した。消費税の増税社会保険料の引き上げにより、働く人の手取り収入が減少などが原因だという。法律では逆転現象が起きない配慮が定められており、最低賃金の引き上げ目安を示す方針だそうだ。最近賃金上昇とか非正規職員の正規化する企業があるというニュースもあるが、まさに、このニュースからみると、魔逆な話である。アベノミクスの成長戦略が成功していない証し。まさに、どうも小泉構造改革と同じ結果かも。

◆西尾久美子(京都女子大学現代社会学部准教授)「おもてなし産業のビジネスモデル」〜京都花街/舞妓はんの育成と一見さんお断りに学ぶ〜の講演メモをまとめた。
・京都には5つの花街(かがい)が存在する。さらに150軒の置屋がある(もちろん看板はない)。
・芸妓(=東京でいう芸者)の正式名称はげいぎ。舞妓・芸妓あわせて300人が働いている。20歳以下を舞妓、当然日本舞踊ができないとNGであって、顔がどうかとかいうことではない。英語で訳すと multi talented woman。芸妓には定年がない。仕事がある限り続く。独立自営業者。舞妓の間は着物、などなど全て置屋に面倒を見てもらえる。(舞妓の着物は安いマンションの頭金位はする(襟だけでも30万円))。
・一時期、舞妓の減少が深刻な事態に。→何故減ったか?
1)女性の高学歴化
2)京都内の女性の減少
こういうとき業界は何をするか?→昭和40年代に規制緩和→これにより出身が京都以外でもOKになった現在では舞妓らの9割は京都以外ではないか?
・350年以上つづいている商売。上七軒豊臣秀吉が免許を出したのが最初。「癒しを提供している」=ネットを見て憧れたようなお嬢さん方を育成して育てた。
・舞妓の出の衣装、正装である黒紋付。舞妓や芸妓は着物、髪、帯などで何年目かがわかるようになっていて、年次が一日でも長い人がチームリーダーを務めるので人目で分かることが重要になっている。
・おこぼ(こぼこぼと音がなる履物)。職業上必要なので、履物だけでもランクが分かるようになっている。
→このように何故一目で年次が分かる必要があるかというと、複数の置屋からやってきた舞妓がひとつの宴会でおもてなしをするときにそれぞれがどういうお客さまを相手にすればいいかを瞬時に判断するため。
・舞妓は地毛、芸妓はかづら(軽自動車くらいのおねだん)。中国の人のために雪だるまのappliqueをした着物を着ていたりする・
・経営的視点からみた花街の仕組み。お茶屋さんは在庫ゼロ、料理も舞妓も抱えていない。お茶屋さんはマネジメントする場所であって、家ではない。京都の中にあるホテル、料理屋、愛地球博、いろんな場所に舞台がある。このシステムが350年以上持続してきた秘訣。細かく分業することで、爆発的には儲からないけれど生き残っていけるビジネスモデル・
・若い人を育成する仕組みがある。他に類をみない育成制度「おかあさん、おねえさん」。世界で日本にしか無い、独自の置屋という徒弟制度。経営者はおかあさん、芸妓さんはおねえさん。家に住ませて365日見るおかあさん、茶道などは学校にだす。置屋のおかあさんは現場にはいけないのでそこはおねえさんという人が必要。盃を交わし、同じような名前をもらう
マーケティング的には差別化できないが、これによりうまくいかない新人へのクレームはおねえさんへ届くようになっている。同業他社のライバル置屋に所属しているちょうどいいくらいのおねえさんにおねえさんを引き受けてもらえるシステムがある。このあいだつなぎは仲人として長年の芸妓さんや第三者がやっている。このおねえさんがいないと、現場には連れていけない。おねえさんは報酬はない。→なのになぜおねえさんを引き受けるのか?→おねえさんは業界の暗黙知を教えるために、「なぜこのような暗黙知が生まれたか?」という意図がわかっている必要がある→後輩へ教えることがより深い京都/日本の文化理解へとつながるのでおねえさんにもメリットがあるようになっている
・花街のリスクマネジメント。年に数回、各花街がおこなう舞踊披露会、それが都をどり。この売上は経費を引いたら収益は舞妓を育てる学校の運営費になる。→産業の衰退によって売上が減っても、観光コンテンツとして生み出した。→つまりリスクマネジメントの一環。(興行権は学校が持っている)
都をどり。舞妓、芸妓は年次や実力にかかわらず同一料金(誰でも2時間3万5000円)。これは価格圧力を排除するため。現役である限りは芸の学校にいきつづける(Proから学ぶことは義務)。
・なぜ一見さんお断りなのか?→お客さんの情報に応じて料理など顧客情報をしっかり管理して一流のもてなしを提供したいから。まけてくれ、ケータイで話す、抱きつく、そういう客は嫌がられるし、できればフィルタリングしたい。→アンバンドリングとリバンドリング
イノベーションを起こすためにはいいお客さんからいい情報を得て、価格競争を避けて、そこにインセンティブが働く仕組みが重要。

◆「京都花街の経営学」(西尾久美子著)http://d.hatena.ne.jp/ks9215/20140605/p1
 京都で舞妓さんに出遭うと、そこにいる観光客の男性たちは、老いも若きも、外国人でも、皆デレ〜として、鼻の下が伸びる表情になっています。男を虜にする舞妓さんの魔力とは何なのでしょうか。考えてみれば、舞妓さんは、水商売なのに、憧憬と畏敬の念で見られています。その域にまで至った歴史的経過や仕組みがどうなっているのか、前から興味がありました。
・「花街」(はなまち/かがい)というのは、芸妓さんや舞妓さんが住んでいて、彼女たちと遊べる店がある街のことを指す。京都にはこのような「花街」が5つあって、「五花街」(ごかがい)と呼ばれている。そのうち4つの花街は徒歩20分以内、遠いところでも車で20分程度という狭い範囲にある。それぞれが独自の特徴を維持して、上手に共存している。この「五花街」には、昭和の初め頃、芸妓さん・舞妓さんが1800人ほどいた。しかし、戦後から急激に減少をし、2010年時点では、芸妓さんが200人程度、舞妓さんが90人程度といった規模になっている。ただし、90年代半ばくらいから芸妓さんの人数は横ばい、舞妓さんの人数は30年ほど前から増傾向になっているのが特徴。ここ10年ほどは、芸妓さんは200人前後、舞妓さんは約80人でほぼ横ばい。ここ数年、京都花街にデビューする芸舞妓さんの数は毎年20〜30人程度。
・昭和初期には、東京で7500人、大阪で5300人いたといわれる芸者さん(東京などではこの呼称が一般的)は、現在それぞれ3百人、20人程度に減少。しかもその傾向が上向く兆しは見えていない。それぞれの人口や経済規模を考えると、その存在感が著しく減退している。こうして見ると、京都の「五花街」が業界として上手に生き残っている。
・お座敷で芸舞妓さんたちと2時間遊んだとすると、その花代は、1人25000円〜30000円程度。
・彼女たちは、夕方6時から夜の12時ごろまで平均3〜4つのお座敷を務める。だいたい1人当たり1日10万円の売上。お昼の写真撮影会など長時間拘束される日もあるので、平均すると、1日当たりの売上は12万円程度になる。
・芸舞妓さんたちの花代は、置屋を出かけたときから帰宅するまでの移動時間にもかかる。つまり、(移動時間+お座敷での時間)×時間単価=花代という計算方法が原則。
・花代以外にも芸舞妓さんたちへのご祝儀も必要だが、お座敷の条件や呼ぶ芸舞妓さんによって異なる。
・芸舞妓さんたちは年間で300日程度はお座敷にでて、稼働率を80%程度とすると、芸舞妓さん1人当たりの年間総花代は、12万円×300日×0.8=2880万円という計算になる。京都花街の芸舞妓さんの人数は2007年現在273名なので、花代の総売上規模は80億円弱と推計できる。
お茶屋で消費される料理や飲み物代にお座敷のしつらえの経費、芸舞妓さんたちの着物、帯、履物、袋物、かんざしなどにかかる費用、髪結いさんや男衆さんたちへの支払い、芸舞妓さんたちの芸事のお稽古にかかる費用を含めると、花街全体で花代の数倍の金額が動いている。
・年季(一人前になる修業期間)の間は、舞妓さんの生活費の面倒もお稽古にかかる費用も、また高額な衣装も、すべて置屋が面倒を見てくれる。置屋のお母さんが愛情、専門的知識、金銭的な資本を注いで、数年かけて一人前の舞妓さんに育て上げる。
・舞妓さんは、まず「日本舞踊」の習得が求められ、女紅場(技能訓練の学校)やお師匠さんの個人稽古など、徹底的に基礎訓練を受ける。
・お座敷芸での「日本舞踊」は、「踊り+楽器の演奏+唄+お座敷のしつらえ」=「もてなし」の芸事として成立する。舞妓さんたちは芸事の習得に励むだけでなく、お客をもてなす気配りも学び、「座持ち」に秀でないと一流になれない。
・舞妓さんを数年つとめ、年季期間を終えた後、芸妓さんとなり、22、23歳で置屋から独立することが多い。置屋さんから独立した芸妓さんを「自前さん」と呼ぶ。
・「体を売る」といったことは、現代では全く行われていない。芸舞妓さんたちに「水揚げ」のような間違ったイメージが、日本だけでなく世界中に流布していることは残念。
お茶屋とは、芸妓さんや舞妓さんを呼んで遊興する場を提供する店。お座敷をコーディネートする職業。
置屋とは、芸妓さんや舞妓さんをお茶屋さんへ送り出す芸能プロダクションのようなところ。置屋から見れば、芸舞妓さんたちは、抱えるタレントのような存在。
・一見さんお断りとは、現代の言葉で言えば、会員制ビジネス。
・一見さんお断りが生まれた背景には以下の3つのポイントをあげることができる
(1)債務不履行の防止(2)顧客情報にもとづくサービスの提供(3)生活者と顧客の安全性への配慮。これは、「京都の花街は敷居が高い、」というイメージにつながっているが、しかし、サービス提供の構造を理解すると、これは非常に合理的な仕組みだといえる。
具体的には「お茶屋さん」が、お客様に満足していただくお座敷をプロデュースするためには、そのお客様のことをよく知っている必要がある。しかし、「一見さん」に対しては、どういうお座敷を用意したら良いかが、まったくわからない。相手のニーズがわからないままにいい加減なサービスを提供したら、自分たちの評判が下がってしまう。そのリスクを回避するために、あらかじめ好みを把握できるお客様=一見ではないお客様、にサービスを限定している。
お茶屋のなじみ客となることは、取引関係における安全性はもちろん、氏素性、マナーもきちんとしていると認められたことになる。お茶屋遊びは信頼の証であり、一つのステータスとなる。
・一見さんお断りの京都花街のもう一つのルールは「宿坊」というルール。お客は一つの花街につき一軒だけのお茶屋を窓口として遊ぶという暗黙の了解のこと。顧客がよそのお茶屋のお座敷を希望したら、その希望を優先する。
・これらのルールがあるからこそ、「よそのお座敷」を顧客に紹介し、顧客の選択肢の多様性を確保し、お茶屋同士が競いながら営業機会を逃さないという花街全体のしくみが成り立っている。
・花街は遊びの世界であるが、顧客に対して、お座敷遊びの手ほどきだけでなく、大人としてのマナーや文化的教養を伝え、人付き合いの機微など、お金や地位だけでは尊敬されることがないビジネス世界で生きていくための教育もなされている。
・芸舞妓さんの一生、キャリアの流れ
(1)仕込みさん(舞妓さんとしてデビューするまでの約1年間の修業期間)
(2)見習いさん(デビューする日が決まって、約1カ月の実地研修期間)
(3)見世出しから1年間(デビュー後1年は長い花のかんざしや下唇に紅をさし、新人舞妓と一目でわかる)
(4)舞妓さんになって1年後(場に応じた受け答えなど求められる)
(5)舞妓さんになって2〜3年後(大人びた雰囲気の日本髪を結い、後輩の面倒も見る)
(6)「衿替え」して芸妓さんになる(かつらを使うようになり、お座敷での段取りが求められる)
(7)自前さん芸妓さん(5〜6年の年季期間を終え、一人暮らしを始め、日本舞踊の立方か三味線や唄の地方のどちらかを選択)
(8)廃業後のキャリア・パス(自分の意思でいつでも廃業でき、廃業後は花街の経営者になることが多い)
・新年の歌舞練場での始業式では、舞や邦楽も披露されるが、それだけが式の目的ではない。前年の売上成績のよいお茶屋、芸妓さん、舞妓さんを表彰する。ランキング上位の芸舞妓が金屏風の壇上で表彰状を受け取る。
・芸舞妓さんたちの花代の売上は「見番」を通して管理されている。芸舞妓さんの花代ランキングだけでなく、お茶屋の花代の売上も発表される
・見番を通さずにお茶屋置屋が取引することは花街では認められていない。見番を通すことで、取引の癒着を避け、ダンピングなど価格が崩れないようなシステムができている。花代からは一定の割合の金額が、組合や学校の運営費にもあてられ。この公正さが花街のコミュニティの維持運営に欠かすことのできない大切なポイント。
・芸舞妓さんたちの公式な技能育成の場は、祇園甲部の「八坂女紅場学園」、先斗町の「鴨川学園」、宮川町の「東山女子学園」の3つ。日本舞踊、長唄・小唄・常磐津などの邦楽の唄、三味線・鐘・太鼓・鼓・笛などの邦楽器の演奏が教えられ、さらに立ち居振る舞いの訓練になる「茶道」も必須科目
・同じ型を学んだ、花街の芸舞妓さんであれば、お座敷の場で、「型」が揃った美しい技能の発露ができ、集団としての芸の質向上にもつながっている
宝塚歌劇団の設立者である小林一三は、花街で遊興していたので、花街の芸舞妓育成の学校制度を参考にして、宝塚少女歌劇に学校制度を導入した。
お茶屋が接待の場になることが減り、お座敷の需要は減少しているが、お座敷以外の場所や観光分野で芸舞妓さんたちは活躍し、花街の売上に貢献している
・分業化による「品質維持」のメカニズム
 花街では、長い間、お客様の好みや、その時々のニーズに応じたものを柔軟に揃えられるように、独立した専門家たちが共同してサービスを提供するという形がとられてきた。このやり方は、江戸時代くらいまでは全国の花街で共通だったようである。しかし、東京では、時が経つにつれて、料亭が、場所の提供から料理、芸妓(芸者)まで、すべてを自前で抱えるようになった。大阪では、大規模な料亭が芸妓育成の学校を併設した。けれども、その流れに京都は乗らなかった。実はこのことが、現在の明暗を分けていると考えられる。京都は、明治維新までは文化の中心であった。しかし、維新で皇室が東京に移ってしまったため、経済・政治の中心でないだけでなく、文化の中心でもなくなった。つまり、放っておいてもお客さんが来てくれるという環境ではなくなった。そこで改めて「分業化」による品質の維持ということを強烈に意識したのではないか。すべてを内製化してしまうと、質の競争がなくなってしまうから。現在、京都の花街の構造は、サービスの提供側という括りでみると、四つのグループに分けて考えらえる。「お茶屋さん」「置屋さん」「料理屋」「しつらえ提供業者」です。これらを、ビジネス的な言葉で説明すると、
 ①「お茶屋さん」 → イベントコーディネート・プロデュース会社
 ②「置屋さん」 → 育成機能をもった「人事部」アウトソーシング会社、タレント・プロダクション。
 ③「料理屋」 →  ケータリング会社
 ④ 「しつらえ提供業者」  → インテリアコーディネイト会社
といったところ。それぞれは完全に独立して商売を営んでいる。その中で、プロデューサー・コーディネーターである「お茶屋さん」が、顧客のニーズや好みに合わせた組合せを考え、ひとつのお座敷をコーディネートしていく。「お茶屋さん」が繁盛するかどうかは、お客様が提供されたサービスにどれだけ満足したか、にかかってくる。「お茶屋さん」は、各専門家から提供されるサービスの品質にはとても敏感。「置屋さん」「料理屋」「しつらえ提供業者」は、常にそうした厳しいチェックの目に晒されているから、自分たちの専門分野で質の高いサービスを常に提供し続けるために、努力を怠ることはできない。
・まず、京都の花街の世界が、全体として相互評価の上に成り立っている。相互チェック・相互評価というのは非常にシビアな世界。その中で新人を育成していくためにうまく役立っているのが、「舞妓さん」という仕組み。
1. 仕込みさん
 舞妓さんとしてデビューするまでの約1年間の修業期間のこと。舞妓さん候補は、中学卒業後、身のまわりの簡単な手荷物だけで置屋さんでの住み込み生活を始める。この期間に舞妓さんとしての基本的な行動規範や伝統的な芸事のスキルを身につける。服装は普段着、お化粧もしない。
2. 見習いさん
舞妓さんとしてデビューする日が決まると、研修をさせてくれる「見習い置屋」に毎日通い、お座敷を見学させてもらう。その期間約1カ月。髪は地毛で日本髪を結い、着物は舞妓さんとほぼ同じものを着るが、帯の長さなどで、はっきりと「見習いさん」であることがわかる。
3. 舞妓さん
見習い期間を終えると、正式に舞妓さんとしてデビューする。ここから約4,5年、OffJT(芸妓さん、舞妓さんのための学校があります)、OJTの組合せでスキルアップをしている。着物は振りそで、帯は「だらり」と呼ばれるもの、髪には花かんざしをつけ、履物は「おぼこ」。ただし、経験年数に合わせて、着物、かんざし、化粧などがだんだんと、大人びた雰囲気のものに変わっていく。
4. 衿替えをして芸妓さんに
舞妓さんになってから4、5年目、20歳前後で芸妓さんになります。芸妓さんになるとかつらを使うようになり、花かんざしもささない。また、着物も振袖から短い袂のものに、帯もお太鼓、履物も草履や下駄になり、大人としての美しさを表現する装束になる。
5. 自前さん芸妓さん
通算約5〜6年の年季期間があけると、「自前さん」と呼ばれる、言ってみればインディペンデントコントラクターの芸妓となる。置屋での住み込み生活を終え、自分で生計を立てていく。その後、立方と呼ばれる日本舞踊専門の芸妓になるのか、地方と言われる三味線や唄の専門の芸妓になるのかを選択することになる。もしくは、芸妓をしながら自分の店を兼業したり、置屋お茶屋になっていく人もいる。いずれにしても、自分の得意分野を知って、キャリア選択をすることになる。
 こうした舞妓−芸妓のステップアップがある中で、まず服装や身だしなみで、今彼女たちがどのような段階にいるのかが明確にわかるような仕組みになっている。例えば、下唇にしか紅を差していない舞妓さんの写真を見たことがありませんか?あれは、1年目の舞妓さん。誰にでもわかる「初心者マーク」が付いている。しかもそれは、15歳なら15歳なりの美しさやかわいさが引き立つように工夫されている。そこで、相互評価の時にも、その時点で求められるものに対してどうか、という評価がしてもらえるようになっている。

「G戦スコアボード速報」(16日・ヤクルト戦)
 巨人は初回、長野の内野ゴロの間に先制すると、中盤には村田の2本のタイムリーなどで小刻みに加点。先発した菅野は8回を7安打1失点に抑える力投で、ハーラートップタイの9勝目をあげた。前半戦はこの日で終了し、21日から後半戦が始まる。

<本の紹介>
・生産WBS入門―個別設計生産のマネジメント http://d.hatena.ne.jp/asin/4274204634
・先制型プロジェクト・マネジメント―なぜ、あなたのプロジェクトは失敗するのかhttp://d.hatena.ne.jp/asin/447837449X
・計算機屋かく戦えりhttp://d.hatena.ne.jp/asin/4756106072
・挑まなければ、得られない Nothing ventured, nothing gained. (インプレス選書)http://d.hatena.ne.jp/asin/4844332023


<今日のトラックバック>「いよいよ師走ですね。そういえば、今日で通算600日にブログ達成。新語・流行語大賞 史上初!4つの言葉。」 http://d.hatena.ne.jp/ks9215/20131202/p1
http://store.toyokeizai.net/books/9784492501764/