イスラム国について。「女性初尽くし」の人生、土井たか子氏死去。(通算900日) 

◆風を読む「イスラム国について」2014年9月28日放送 8:00 - 9:54 TBS「サンデーモーニング」より
 米・ニューヨークで行われた国連総会で安倍総理常任理事国入りへの意欲を示した。その国連で議題に上がっているのが、「イスラム国」の問題。その一方でロシアや中国は国連決議をヘずにシリア領内で空爆を行ったアメリカを牽制。国連の歴史は常任理事国の対立に翻弄されてきた歴史でもある。第二次世界大戦を防げなかった国際連盟の反省から、大国同士が協力して戦争を阻止するために、常任理事国に拒否権が与えられた。しかし、東西冷戦で拒否権の行使が続き、国際紛争に十分対応ができない状況に陥った。しかし、1989年に冷戦が集結した後は貴重な役割を果たしてきた。
 国際連盟に変わり、第二次世界大戦戦勝国アメリカ・イギリス・ロシア・フランス・中国に拒否権が与えられた国際連合が出来た。東西冷戦が激しさを増す中、米ソ双方が拒否権を応酬し、国連の昨日は麻痺。ハンガリー動乱第2次中東戦争など国際紛争に対応できなかった。ベルリンの壁崩壊後PKOなどの活動により貴重な役割を担った。
 テロとの戦いを掲げたイラク戦争や今回のようなイスラム国について、国連は対応できていないという批判が有る。川村亨夫教授は「国連は国連憲章を元に活動しているが、国家と国家の紛争しか想定しておらず、実際に起きていることは武装集団であり、対応しきれていない」と解説した。パレスチナ問題ではアメリカが拒否権、クリミア問題ではロシアが拒否権を行使し、大国同士が対立している。さらに、アメリカと国連の関係について、「覇権国家としてのアメリカは、アメリカ大統領の決定が最も強い決定でなければならないと考えており、基本的にはアメリカと国連はぶつかり合う関係である」と解説した。街の声でも、国連の機能について疑問の声が聞かれた。
 国連の機能についてスタジオで語られた。「仮に日本が常任理事国になったとしても中国との対立が有り、日本が国連を機能させるのも難しい状況にあるかもしれない。」、「国連の解説についてはアメリカが中心を担った。ただし、安保理は確かに拒否権の仕様などで機能していないところもあるが、軍事以外の機能もあり、日本はそこには貢献している。ただし、常任理事国に入ることを目論むと、軍事にも参加せざるをえないため、集団的自衛権の行使容認の問題が浮上した。日本の外交は軍事以外に貢献してきているので、常任理事国に入るということは必ずしも必要ではない。」、「国連は一義的に強い権力を持っている。しかし、今の問題は国連だけでは解決できなくなってきている。また、国連の理念を押し通すとして、国際協力が推されているが、日本ではまだ批准した国連条約の履行が不十分な部分があるため、国内での批准を行う必要がある。」、「ヨルダンでは戦争を止めてほしいという声をかけられた。平和国家という印象の強い日本にその願いが寄せられている面があるので、日本は戦争以外の手段を示し続けることが国連の中での役割ではないか。」といった意見が聞かれた。国際連合が岐路に立っている、国家の枠組みを超えた戦争や紛争に対し、国連はどう対応するか問題となっている。

(今日の官兵衛)
◆秀吉に世継ぎが生まれると知り、黒田家を守るために、官兵衛は嫡男の黒田長政家督を譲った。しかし、豊臣秀吉黒田官兵衛の才能を惜しんで完全な隠居は許さず、相談役を命じた。

(今日のニュース)
◆昨日、御嶽山突然の噴火 登山者にけが人多数。御嶽山で噴火が起こった。気象庁火砕流が発生した可能性もあるとして、現地に職員を派遣した。登山者が非難した山頂の山小屋では灰の掛かった服を着ている登山客が多く見られた。御嶽山は1979年、2007年に噴火が観測されている。気象庁は警戒レベルを3に挙げ、入山規制を敷いた。今日も救出に向かった。

◆「女性初尽くし」の人生 「マドンナ」「おたかさん」で大ブームも
 女性議員として一時代を築いた土井たか子氏が亡くなった。憲政史上初の女性の衆院議長はもとより、旧社会党委員長時代には「山が動いた」「ダメなものはダメ」といった大衆を引きつける言葉を使い、「マドンナ旋風」を巻き起こした。ただ、最後は社会党(現社民党)の衰退と軌を一にするように身を引いた政治家人生でもあった。
 土井氏は大学で憲法学を学んだ生粋の護憲派憲法学者から政界に転じ、脚光を集めたのは昭和61年に社会党委員長に就いてから。女性が主要政党のトップに立ったのは初めてだった。
 消費税導入に加え、「リクルート事件」で政界が揺れた平成元年。社会党は7月の参院選で比較第一党に躍進し、自民党過半数割れに追い込んだ。この際に土井氏が発したのが「山が動いた」。与野党逆転参院で女性初の首相指名を受けたこともあった。
 5年に首相、最高裁長官を含めた「三権の長」としても初めて衆院議長に就任すると、議場で議員を「君」付けで呼ぶのが慣習だったのを「さん」付けで呼び、話題を呼んだ。
 社民党党首として再登板し、自社さ連立政権から離脱した10年以降は一層護憲色を強めたが、時代は変わっていた。15年に当時社民党衆院議員だった辻元清美氏(現民主党)の秘書給与詐欺事件に絡み元政策秘書が逮捕。17年には落選の憂き目に遭い、ブームが再燃することもなかった。

◆通算900日 (728日間継続中)を迎える。継続1000日ぐらいはこのブログを継続したい。あと数日で10月を迎えるが、とうとうブロ2年連続である。