沖縄「慰霊の日」 激戦地で戦没者追悼式。

<今日のニュース>
◆沖縄「慰霊の日」 激戦地で戦没者追悼式。政府と沖縄県の対立続く 普天間移設の行方は?
 今日70年目の慰霊の日。戦没者追悼式に出席した高校生は「今は平和ですか?」と問いかけた。
 普天間基地については、辺野古への移転をめぐり政府と沖縄県の対立が続いている。政府は普天間基地の危険を取り除くため、辺野古への移設を進めたい考え。一方で沖縄県の翁長知事は、普天間基地辺野古移設に反対の立場を崩していない。安倍首相は去年とおととしは当時の仲井真知事と会談したが、今年は公務などを理由に翁長知事との会談を行っていない。
 この先平和のバトンは戦争を知らない私達が受け継ぐ。戦後70年、重いバトンを受け継ぐときがまもなく来る。
<沖縄の歴史>
1609年:薩摩軍が琉球を占拠。以降270年薩摩の支配下
1879年:琉球藩を廃し沖縄県を置く(琉球処分
1899年:第一次ハワイ移民団27人出発
1903年宮古八重山人頭税廃止
1945年:3月23日米軍砲撃開始、4月1日米軍沖縄本島上陸、6月23日日本軍壊滅、9月7日嘉手納基地で降伏調印。
1950年:米国民政府設置
1952年:サンフランシスコ講和条約により米国の施政権下に置かれる。琉球政府設置。
1953年:奄美諸島、日本に復帰。
1964年:トンキン湾事件(魚雷攻撃を受けた報復として北ベトナムを爆撃。後にこの事件はアメリカのでっち上げと判明)
1965年:B52爆撃機嘉手納飛行場からベトナムへ爆撃(サイレンを鳴らす救急車。補給物資の山。大破した戦車、、)
1968年:B52爆撃機常駐化。初の主席公選で屋良朝苗当選。
1969年:2月4日のゼネスト中止。佐藤・ニクソン会談で72年の沖縄返還決まる。
1970年:コザ事件
1971年:沖縄返還協定批准反対ゼネスト
1972年:沖縄の日本復帰。自衛隊が沖縄へ駐留。(復帰時の米軍基地は沖縄58.6%。97年74.9%。経済の基地依存率は復帰時15.6%、現在4.9%)
1975年:沖縄国際海洋博覧会ベトナム戦争終結
1978年:右側通行に変更
1992年:首里城正殿復元
1995年:「平和の礎」完成。米兵3人による少女暴行事件。
1996年:普天間飛行場全面返還を発表(県内移設条件付き?)
1997年:政府、名護市辺野古キャンプ・シュワブ沖に海上ヘリ基地建設を表明。
2000年:「琉球王国のグスク、」が世界遺産に登録。九州・沖縄サミット
2003年:那覇空港-首里間にモノレール開通。
2004年:沖縄国際大学に米軍ヘリ墜落。
2013年:仲井間知事が名護市辺野古の埋め立てを承認
2014年:翁長知事が辺野古移設作業の停止を指示。

<6月22日生まれの先人の言葉>
塙保己一(国文学者)
 ・暗くなると(書物が)見えないとは、目明きは不便なものなり。
 ・なにをいうか。みんな 元気な身体があるではないか。しばらくは中断するとしても、また始めるべく手はずを整えていこうではないか。
 *塙保己一資料館 http://www.onkogakkai.com/
●岸田 劉生(美術家)
 ・醒めよ、吾が冷き理性、醒めよ、吾が、強き意力、常に爾(なんじ)を欺(あざむ)きて、眠らせんとする、卑屈なる吾を鞭打て、吾は弱し、されど、吾は、吾自ら進まざる可らず。醒めよ!常に醒めよ!
森下洋一(元松下電器産業(のちのパナソニック)会長)
 ・スローガンは「創造と挑戦」です。これは、私の一番好きな考え方であり、一番好きな言葉でもあります。会社も個人も、絶えずクリエイティブで なければいけないし、発想を変えながら未来に向かって挑戦していくべきです。松下幸之助哲学でいうと、それは人間に与えられた天分だと言えま  す。創造することによってチャレンジ精神が生まれ、チャレンジすることによって成長する。つまり、創造と挑戦の繰り返しによって成長するのが人 間なのです。
筑紫哲也(ジャーナリスト)
 ・これだけは言いたい。政治は、古典的には世代の間でパイを奪いあう、つまり、若い世代に使うのか、高齢者に使うのか、その配分の争いと言われます。これが選択肢のはずなのに、この国のおかしなところは、そのどちらにも行っていない。資源のない国で教育に投資していない。じゃあ医療に使っているかというと高齢者を切り捨てる。未来にも投資していない。過去にも投資していない。じゃあどこにお金が行っているのか。シンボリックには、道路を作るために59兆円のお金を向こう10年使い続ける。つまり、お金が変なところに行っているのです。私はガンを患っています。ガンに侵されると、本来使うべき栄養やエネルギーがガンと闘うためにそこに取られてしまう。本来人間が生きていくためのそれに向かなくなる。この国は、一言で言えばガンに罹(かか)っているのです。(亡くなる前の最後の「多事総論」)
日高義樹(ジャーナリスト)
 ・アジアでは中国はもとより北朝鮮、インド、パキスタン核兵器を持っている。核兵器を持つ国の間では戦争が起きないという現実を見すえて、日本も核兵器保有について考えるべきではないのか。日本の人々は核兵器をひたすら恐れ忌避するのではなく、核兵器は使えないからこそ強力な抑止力として国を守ることができると理解する時に来ている。政治の規律と、国民の知性があれば、核兵器を抑止力として、十分に運用していくことができるだろう。
 ・核兵器を持った国どうしの戦争は起きない。
佐伯チズ(美容家)
 ・肌がボロボロだから”もうダメ”なのではなく、”もうダメ”だと思うから肌がボロボロになる。