2019年の新成人は125万人・前年比で2万人増加。日本列島 北と南で その差は約50度。

総務省統計局は2018年12月31日、2019年1月1日現在における「亥(い)年生まれ」の人口と「新成人」の人口の推計データを発表した。それによれば亥(い)年生まれの人口は1055万人で、新成人の人口は125万人との推計となり、新成人の数は2017年と比べると2万人の増加となった。9年連続で総人口に占める新成人の割合が1%を割り込むことも確認されている。
◆平成最後の「成人の日」となる14日、各地で成人式が行われています。振り袖や袴姿の新成人たちが希望や抱負を語る一方で、一部では新成人がトラブルを起こし、式典が中断する場面があったようだ。新成人がおよそ3万7000人に上る横浜市では、全国でも最大規模となるおよそ2万5000人が参加するというマンモス成人式が行われた。しかし、その式典の途中で、一部の新成人たちが市長の挨拶の途中で叫び声をあげ、舞台のある方向に乱入しようとして、警察官や警備員らに制止され、式典が一時中断したようだ。一方、東京ディズニーランドでは、地元・千葉県浦安市の新成人たちおよそ1600人が参加する成人式が行われています。ディズニーのキャラクターたちも門出を祝福してダンスを披露すると、新成人たちは大きな歓声をあげたり、晴れ着姿で写真を撮影したりするなどして楽しんでいた。

<今日のニュース>
◆日本列島 北と南で その差は約50度
 今朝、最も冷えた北海道旭川市江丹別は氷点下29度5分。最も暖かかった沖縄県多良間空港は20度0分。距離は3000キロ近く 気温差は約50度。今朝は北海道の北部や内陸部を中心に冷え込みが強まりました。北海道では氷点下25度を下回ったのが5地点もあり、中でも最も冷えた今朝の全国一位は、北海道旭川市江丹別で氷点下29度5分。今シーズン全国で最も低い気温を更新した。一方、南の方はというと沖縄県与那国空港多良間空港はともに今朝の最低気温が20度0分。まさに暖かい。北海道旭川市江丹別の氷点下29度5分との差は約50度にもなった。距離でいうと3000キロ近く。日本列島が縦に長いことの証でしょうか。

(1月14日生まれの偉人)
◆福田 赳夫(ふくだ たけお、1905年(明治38年)1月14日 - 1995年7月5日)は、日本の大蔵官僚、政治家。衆議院議員、農林大臣(第27代)、大蔵大臣(第70・73・74・78代)、外務大臣(第99代)、行政管理庁長官(第36代)、経済企画庁長官(第26代)、内閣総理大臣(第67代)などを歴任した。群馬県出身。東大卒。大蔵省に入る。銀行局長、主計局長を歴任,1948年(昭和23)昭電疑獄に連坐したが58年に無罪。1952年無所属で衆議院に初当選し、自由党民主党を経て自民党岸信介派に所属。岸内閣で党幹事長・農相。池田勇人内閣で党政調会長となったが,池田高度経済成長政策を批判し,党風刷新連盟を作り党内反主流活動を展開。佐藤栄作内閣成立に貢献し、蔵相、幹事長、外相を歴任。ポスト佐藤の本命と目されたが、72年の総裁選で田中角栄に敗れ、田中内閣では前任者愛知揆一急死後の蔵相。(角福戦争
◆三島 由紀夫(みしま ゆきお、本名:平岡 公威(ひらおか きみたけ)、1925年(大正14年)1月14日 - 1970年(昭和45年)11月25日)は、日本の小説家・劇作家・評論家・政治活動家・右翼活動家・民族主義者。第二次世界大戦後の日本文学界を代表する作家の一人である。代表作は小説に『仮面の告白』、『潮騒』、『金閣寺』、『鏡子の家』、『憂国』、『豊饒の海』四部作など、戯曲に『鹿鳴館』、『近代能楽集』、『サド侯爵夫人』などがある。人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴。晩年は自衛隊に体験入学したほか、民兵組織「楯の会」を結成。右翼的な政治活動を行い、その後の新右翼民族派運動に大きな影響を及ぼした。1970年11月25日、前年の憂国烈士・江藤小三郎の自決に触発され、 楯の会隊員4名と共に、自衛隊市ヶ谷駐屯地(現:防衛省本省)を訪れて東部方面総監を監禁。その際に幕僚数名を負傷させ、部屋の前のバルコニーで演説しクーデターを促し、その約5分後に割腹自殺を遂げた。この一件は世間に大きな衝撃を与えた筆名の「三島」は、日本伝統の三つの島の象徴、静岡県三島の地名に由来する。「三島」の命名を想起した清水文雄が修善寺での同人誌の編集会議を兼ねた一泊旅行のとき、「三島」を通ってきたことと、富士を見ての連想から「ゆき」という名前が浮かんだという。
◆細川 護熙(ほそかわ もりひろ、1938年〈昭和13年〉1月14日 - )は、日本の政治家、陶芸家。公益財団法人永青文庫理事長、東北芸術工科大学学園長(初代)、京都造形芸術大学学園長(初代)。参議院議員(3期)、熊本県知事(第45・46代)、日本新党代表(初代)、衆議院議員(2期)、内閣総理大臣(第79代)(自民党を除く連合政権)、フロム・ファイブ代表(初代)などを歴任した。

<京都学>
浄心寺
・四条烏河原町の北西、いわゆる裏寺町にある浄土宗寺院。室町時代の1542年に、三条室町の南側に開創。桃山時代、秀吉の寺町政策で現地に移転。天明の大火で類焼したが、江戸時代中に再建。
・通常は非公開の寺院だが、2018年の浄土宗特別大公開で10/4、10/5に本堂が公開。表門を入ると、左手に庫裏、右手に本堂。本堂の右手奥には墓地があり、その手前には石仏群があった。庫裏の左手には書院があるようだが、非公開。庫裏から一部書院の前庭が見えた。庫裏の右手に本堂がある。本堂の内陣中央には本尊の阿弥陀如来像がお祀されていた。内陣の左脇壇には地蔵菩薩像、右脇壇には法然上人像、善導大師像や阿弥陀如来像が2躯お祀りされていた。また右脇壇の前に涅槃図が掛けられていた。